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婚約破棄された令嬢ですが、“記録を書き換える力”で全部ひっくり返します  作者: 夜空ミリア


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第7話 仕掛けは、静かに始まる

 ――対話だ。


 その言葉が、頭の奥に残っていた。


 記録ではない。

 一方的な証明でもない。


 相手がいる。

 こちらを見ている存在がいる。


 ならば。


 見せるべきものを、選ぶ必要がある。


「……では、始めましょう」


 私はそう言って、机の上の書類を整えた。


 周囲の文官たちは、まだ完全には理解していない顔をしている。

 無理もない。


 彼らにとって、これは“問題解決”だ。

 だが、今からやることは違う。


 これは“誘導”だ。


「まず、ひとつ」


 私は一枚の書類を持ち上げる。


「この記録を、戻します」


「戻す……?」


 戸惑いの声。


 当然だ。


「消えた記録ではないのですか」


「ええ。ですが、“一部”は戻せます」


 正確には、戻すのではない。

 “戻したように見せる”。


「番号だけを、復元します」


 私はペンを走らせる。


 帳簿の一部。

 不自然に空いていた箇所に、数字を埋める。


 それだけ。


「これで、“ズレ”が目立たなくなります」


 文官たちが顔を見合わせる。


「それでは、解決では……」

「いいえ」


 私は手を止めない。


「“気づかれにくくなる”だけです」


 そして、それが重要だ。


「相手は、ズレを利用しています」


 視線を上げる。


 黒い礼服の男を見る。


「ならば、そのズレを隠されたとき、どう動くか」


 彼は、わずかに口元を歪めた。


「試す、というわけですか」

「ええ」


 短く答える。


「次の手を打たせます」


 沈黙。


 だが、その沈黙は理解に近い。


 少なくとも、彼は理解している。


「面白い」


 男が呟く。


 声が低い。


「では、もう一つ」


 私は別の書類を取り出す。


「こちらは、あえて残します」


「残す?」


「はい」


 帳簿のズレ。

 明らかに不自然な箇所。


 それを、そのままにする。


「二つの異なる状態を作る」


 説明は簡単だ。


「修正された場所と、放置された場所」


 そして。


「相手は、どちらに触れるか」


 そこに、意図が出る。


 文官の一人が、息を呑む。


「……なるほど」


 ようやく、追いついたらしい。


「どちらを優先するかで、目的が分かる」

「ええ」


 私は頷く。


「そして」


 視線を、男へ戻す。


「“誰が動くか”も」


 彼は何も言わない。


 ただ、こちらを見ている。


 その目は、完全に“参加者”のものだった。


「では」


 私は書類を机に置く。


「配置します」


 文官たちが動き出す。


 指示を出すまでもない。

 理解した者から、手を動かす。


 それでいい。


 私は一歩下がる。


 全体を見る。


 乱れていた机が、少しずつ整う。


 だが、それは表面だけだ。


 内部には、意図的な歪みが残っている。


 それでいい。


 それが必要だ。


「……お見事ですね」


 隣で、男が小さく言った。


「単なる修復ではなく、仕掛けにする」


「修復は、後でできます」


 私は答える。


「まずは、相手を知ることです」


 彼は、ほんの少しだけ笑った。


「あなたは、やはり危険だ」


「そうでしょうか」

「ええ」


 一歩、距離が詰まる。


「“壊すこと”に躊躇がない」


 その言葉に、少しだけ考える。


 壊す。


 確かに、その側面はある。


 だが。


「壊しているのは、私ではありません」


 視線を外さずに言う。


「すでに壊れているものを、記録しているだけです」


 男の目が、わずかに細くなる。


 その反応は、興味だ。


 敵意ではない。


 まだ。


「……そういうことにしておきましょう」


 曖昧な返答。


 だが、それでいい。


 そのときだった。


 廊下の奥から、慌ただしい足音が近づいてきた。


「報告です!」


 若い文官が駆け込んでくる。


 息が荒い。


「第四保管庫で、新たな異常が――」


 言いかけて、止まる。


 私と、男を見て。


 状況を理解するのに、一瞬だけ時間がかかる。


「……続けてください」


 私は促す。


 文官は慌てて頷いた。


「は、はい! 先ほどまで存在していなかった記録が、突然“戻っている”と――」


 場が、凍る。


 私はゆっくりと目を細める。


 来た。


「内容は」

「三年前の取引記録です。消失したはずの一部が……完全な形で」


 完全。


 それは、想定外だ。


 私は机の書類を見る。


 先ほど、番号だけを戻した箇所。


 そこに、わずかな違和感。


 そして、理解する。


「……早いですね」


 呟く。


「反応が」


 男が、横で低く笑った。


「ええ」


 その声は、どこか楽しげだった。


「思っていた以上に」


 彼の視線が、私を捉える。


「“近い”」


 その一言で、空気が変わる。


 文官たちは意味を理解できていない。


 だが、私には分かる。


 近い。


 つまり。


「……この場にいる」


 小さく、そう呟く。


 静寂。


 誰も動かない。


 だが、確実に何かが変わった。


 外ではなく。


 内側。


 私はゆっくりと、視線を巡らせる。


 文官たち。

 ルーク。

 そして――


 黒い礼服の男。


 彼と目が合う。


 ほんの一瞬。


 だが、その中に。


 確信があった。


 私は何も言わない。


 言う必要がない。


 まだ。


 だが。


 次の一手は、決まった。


 これはもう。


 観察ではない。


 ――狩りだ。

仕掛けが動きました。


そして、想定よりも近い場所で。


ここからは、“誰が敵なのか”ではなく、

“誰を信じるか”の話になります。


もし続きを気にしていただけたなら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

次話では、ついに“最初の選別”が始まります。

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