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婚約破棄された令嬢ですが、“記録を書き換える力”で全部ひっくり返します  作者: 夜空ミリア


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第6話 誰が、記録を動かしたのか

 ――これは、事故ではない。


 その結論だけが、場に残った。


 誰も反論しない。

 できない。


 第二会計室の空気は、完全に変わっていた。


 先ほどまでの混乱は消えている。

 代わりにあるのは、恐怖と、警戒。


「……では、誰が」


 誰かが、ようやく口を開く。


 当然の疑問だ。


 だが。


「現時点では、特定できません」


 私は即答した。


 期待を裏切る形になるが、問題ない。

 ここで無理に答えを出すほうが、危険だ。


 場に、わずかな失望が流れる。


 だが、それ以上に強いのは――安堵だった。


 誰もが、まだ“犯人がいない”ことに安心している。


 私はそれを確認して、続けた。


「ただし」


 一拍置く。


 視線を、全員に巡らせる。


「条件は絞れます」


 今度は、空気が締まる。


 期待と恐怖が、同時に集まる。


「記録を移動させた人物は、少なくとも三つの権限を持っています」


 指を一本、立てる。


「第一に、第四保管庫への出入り権限」


 二本目。


「第二に、会計記録への閲覧および編集権限」


 三本目。


「そして第三に」


 少しだけ、間を置く。


「……“痕跡を消す技術”」


 ざわめきが広がる。


 その中に、ほんのわずかだが、呼吸の乱れが混ざる。


 私はそれを見逃さない。


「そんな人間が、いるのか……?」


「います」


 即答する。


「ただし、数は限られます」


 視線を、ゆっくりと動かす。


 一人ひとりの顔を、確認するように。


 そして。


 止まる。


 黒い礼服の男。


 観客。


 彼は、少しも動じていない。


 むしろ、楽しんでいる。


「……なるほど」


 彼が、静かに呟いた。


「思っていたよりも、早い」


「何がでしょう」


 問い返す。


 男は肩をすくめる。


「あなたが、そこまで辿り着くのが」


 視線が交差する。


 ほんの一瞬。


 だが、それで十分だった。


 確信が、一つ増える。


「……あなたは」


 言いかける。


 だが、そこで止める。


 ここで名前を出す意味はない。


 まだ、早い。


「どうしました?」


 男が、わずかに首を傾げる。


 挑発ではない。

 確認だ。


 私は小さく首を振る。


「いえ」


 それだけ。


 だが、彼の目がわずかに細くなる。


 ――気づいた。


 そう思ったのだろう。


 間違いではない。


 だが、まだ“証明”ではない。


「では、どうするおつもりで?」


 別の文官が口を挟む。


 不安が滲んでいる。


「このままでは、業務が止まります!」


「止まりますね」


 私はあっさりと認めた。


 それが現実だ。


「では――」


「ですが」


 言葉を重ねる。


「止めることが、目的ではありません」


 全員の視線が集まる。


「動かすことが目的です」


「……何を」


「記録を」


 短く答える。


 理解は、まだ追いつかない。


 それでいい。


「消えた記録は、どこかに存在しています」


 机の書類を指で叩く。


「つまり、“移動先”がある」


 それは当然の帰結だ。


 だが、誰もそこまで考えていなかった。


「その移動先を、逆に辿ります」


「どうやって」


「簡単です」


 私は手帳に触れる。


「“ないはずのもの”を探す」


 沈黙。


 理解が、少しずつ広がる。


「存在しないはずの番号」

「帳簿にない人員」

「消えたはずの記録」


 一つずつ、言葉にする。


「それらが集中している場所があるはずです」


 そして。


「そこが、“移動先”です」


 空気が変わる。


 混乱から、思考へ。


 これは、小さな転換だ。


 誰かが動き始める。


「……なら、調査を」


「待ってください」


 止める。


 今はまだ、動かせない。


「無闇に探せば、相手に気づかれます」


 それは避けるべきだ。


「では、どうするのですか」


 私は少しだけ、口元を緩める。


「誘導します」


「誘導……?」


「ええ」


 視線を、黒い礼服の男へ向ける。


「相手に、“次の一手”を打たせる」


 彼の目が、わずかに揺れる。


 初めての、明確な反応だった。


「その動きが、痕跡になります」


 静かに言い切る。


 場が、完全にこちらへ傾く。


 理解ではない。

 納得でもない。


 だが、従うしかない空気。


 それで十分だ。


「……面白い」


 男が、ぽつりと呟く。


 その声は、ほんの少しだけ低かった。


「ですが、危険では?」


 別の文官が口を開く。


「相手が、こちらの動きを読んでいた場合――」


「読んでいます」


 私は即答した。


 場が、凍る。


「少なくとも一部は」


 補足する。


「だからこそ」


 一歩、前に出る。


「こちらも、読ませる必要があります」


 男と、再び目が合う。


 今度は、外さない。


 彼は、わずかに笑った。


 ――理解した。


 そういう顔だった。


「……いいでしょう」


 男が言う。


「その誘導、私も興味があります」


「観客のままで?」


「いえ」


 彼は一歩前に出る。


 完全に、場の中へ入る。


「今回は、少しだけ舞台に上がりましょう」


 空気が、変わる。


 これは。


 単なる観察ではない。


 関与だ。


 私は、静かに頷く。


「では」


 手帳に触れる。


 まだ書かない。


 だが、次の一行は確定している。


 ――動いた。


 誰かが。


 そして。


 それは、こちらを見ている。


 同時に。


 こちらも、見ている。


 静かに、息を吐く。


 これは、もう。


 記録ではない。


 対話だ。

少しずつ、「誰が動かしているのか」が輪郭を持ち始めました。


そして、ついに“観客”が舞台に上がります。


ここからは、ただの崩壊ではなく、

「仕掛け合い」が始まります。


もしこの先が気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

次話では、最初の“仕掛け”が動きます。

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