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「君を断罪する」と記録された瞬間、私はその記録を書き換えた ~婚約破棄令嬢は、従者にだけ視えている~  作者: 夜空ミリア


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第62話 奪うか、差し出すか

 ――戻りたいだけだった。


 戻りたいだけの人を、私は否定できるのか。


 カレスト家の書庫。


 夜。


 紙を広げて、何もしていない。


 三日、こうしている。


 整理をつけるために、いつも私は書いてきた。


 書けば、形が決まる。


 形が決まれば、迷いは終わる。


 ――今回は、書きたくない。


 書けば、形が決まってしまうからだ。


「……」


 ノクスが、机の端に座っている。


 最近、この距離にいる。


「……止まってる」


「ええ」


「……こまってる?」


「ええ」


 素直に認めた。


 この子に嘘をつくのは、やめている。


「あの人を、告発できません」


 私は言う。


「……なんで」


「二つ、理由があります」


 一つ目は、簡単だ。


「告発すれば、あの人は完全に消えます」


 名前が載れば、様式が動く。


 様式は、切り離された者を戻す手続きを持っていない。


 持っていない手続きに突き当たった記録は、対象を消す。


 三年前と同じことが、今度は完全な形で起きる。


「……ふたつめ」


「二つ目は」


 言いにくかった。


 言いにくいということが、答えでもあった。


「……私に、資格が無いのです」


 あの人がしたことを、順に並べてみる。


 繋がりを操作した。


 他人の記録を経路に使った。


 自分の存在を、その隙間に置こうとした。


 ――私は。


 私は、何をした。


 上位存在に定義されそうになったとき、私は自分に書いた。


【対象 私】


【状態 観測不能】


 あれは、繋がりを切る記録だ。


 私は、世界と自分の間の線を、自分で全部切った。


 切って、自由になった。


 あの人は、繋がりを奪って戻ろうとしている。


 私は、繋がりを切って出ていった。


 ――向きが逆なだけで、同じ場所を触っている。


「……いっしょ?」


 ノクスが訊く。


「……近いです」


 私は答える。


「同じではありません。ですが、近い」


 近いから、否定しきれない。


 人は、自分と違うものを断罪できる。


 自分と同じものは、断罪すると自分に返ってくる。


「では、違いはどこにあるのか」


 私は、声に出して考える。


 声に出すのは、久しぶりだった。


 ずっと、頭の中だけで済ませてきた。


 済ませられなくなったということだ。


「あの人は、ミリア嬢の書類を止めました」


 一拍。


「ミリア嬢は、それを承知していません」


 そこだ。


 ミリアは、自分の推薦文が誰かの経路として七度往復させられたことを知らなかった。


 知らないまま、婚約者を失い、噂され、あの夜、広間の隅に立たされた。


 ――同意が、無い。


「私は、切りました」


 私は続ける。


「切ったのは、私自身との線です」


 自分を切るのは、自分の権限で足りる。


 誰の同意も要らない。


 要らないから、あれは許された。


 ――いや。


 許されてはいない。


 あのとき、私は一人で決めた。


 隣に、この子がいた。


 扉の外まで、ずっと同行していた人がいた。


 私が観測不能になれば、二人はどうなるのか。


 考えなかった。


 考える余裕が無かった、と言えば言い訳になる。


 余裕は、あった。


「ノクス」


「……ん」


「あの日、私が観測不能を選んだとき」


「……うん」


「あなたに、確認しましたか」


 ノクスが、少し考えた。


「……してない」


 即答ではなかったが、正確だった。


「……でも」


 一拍。


「……私、ついてった」


「ええ」


「……えらんだ」


 ――そうだ。


 この子は、自分で「行く」と言った。


 あの扉の前で。


 迷って、こちらを見て、扉を見て、それから、はっきりと。


 私は確認しなかった。


 だが、この子は差し出した。


 私が奪わなかったのではない。


 この子が、渡してくれたのだ。


 ――順序が、逆だった。


「……」


 私は、机の上の手を見る。


 ペンは、握っていない。


 違いは、そこにある。


 たった一つ。


 奪ったか。


 差し出されたか。


 結果は同じに見える。


 どちらでも、線は動く。


 どちらでも、記録は立つ。


 外から見れば、区別がつかない。


 ――だが、埋まらない。


 埋まらないと分かってしまえば、私はもう、あの人と同じ側には行けない。


 行けないと分かったことが、今日の収穫だ。


「ノクス」


「……ん」


「一つだけ、確かめさせてください」


「……いいよ」


「あなたは、今も、私に同行していますか」


 ノクスは、こちらを見た。


 輪郭が、少しだけ濃くなる。


「……いる」


 それだけだった。


 それで、十分だった。


 私は手帳を開く。


【接続 無】


 まだ、ある。


 当然だ。


 この子は、記録の外にいる。


 外にいる者との繋がりは、記録には立たない。


 立たないが、無いわけではない。


 ――無いわけでは、ない。


 そこに気づくのに、ずいぶんかかった。


 ページを閉じる。


 留め具をかける。


 小さな音が、した。


 ――違いは、ひとつしかない。

リディアは、あの人を否定しきれません。


繋がりを奪って戻ろうとする人と、繋がりを切って出ていった人。向きが逆なだけで、触っているものは同じです。

違いは一点だけ――「奪ったか、差し出されたか」。ミリアには同意がありませんでした。

そして彼女自身も、あの扉の前で誰にも確認しませんでした。それでも、ついてきた者がいます。


次話では、もう一人が、自分から差し出します。


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