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「君を断罪する」と記録された瞬間、私はその記録を書き換えた ~婚約破棄令嬢は、従者にだけ視えている~  作者: 夜空ミリア


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第53話 書かない理由

 ――同じ手だ。


 同じ手を捕まえるには、証人が要る。


 カレスト家の書庫。


 夜。


 私は、机に向かっている。


 手帳を開いたまま、動かしていない。


 考えているのは、単純なことだ。


 記録は、単体では立たない。


 前後関係。


 証人。


 経路。


 私に足りないのは、二つ目だ。


 ミリアの手帳は、経路になった。


 だが、あれは一時的で、負荷が重い。


 すぐ切れるものでは、告発まで届かない。


 もっと確かな証人が要る。


 ――一人、いる。


 扉の外に、気配がある。


 いつもそこにいる。


 私が寝るまで、動かない。


 ルーク。


 全ての場面に、いた人だ。


 あの夜の広間にも。


 記録局にも。


 境界の向こう側にも。


 扉の外にも。


 私を見失ったことが、一度もない。


 これ以上の証人はいない。


 書けばいい。


【対象 ルーク】


【状態 確認】


 書けば、彼は私を見た者として立つ。


 立てば、前後関係ができる。


 前後関係ができれば、経路が通る。


 経路が通れば。


 手帳のあの一行は、解ける。


 解けるはずだ。


 理屈は、通っている。


 私はペンを取る。


 インクをつける。


 紙の上に、下ろす。


 ――止まる。


 止まった理由は、分かっている。


 分かっているから、余計に止まる。


 記録するとは、対象を記録の上に立たせることだ。


 立った者は、観測される。


 観測されるものは、定義される。


 定義されたものは、上書きされうる。


 “協働”と書いたものは、“単独”に書き換えられた。


 “逃走”は、“未確保”にされた。


 “存在確認”は、“不明”にされた。


 私が書いたものは、ことごとく外から触られてきた。


 この人を書けば、この人にも同じ手が届く。


 今は、届いていない。


 届いていないから、この人は無事だ。


 ――あの夜からずっと、私はこの人を一度も書かなかった。


 偶然だと思っていた。


 必要が無かったのだと。


 違う。


 必要が無かったのではない。


 書かなかったのだ。


 その理由を、私は今日まで自分に説明していなかった。


「……」


 ペン先から、インクが一滴落ちる。


 紙に、丸い染みができる。


 身を起こしたとき、胸元の鎖が机の縁に当たって、小さく鳴った。


 いつからか、この音がすると手が止まる。


 文字ではない。


 ただの、汚れだ。


「お嬢様」


 扉の向こうから、声。


「起きています」


「明かりが、長いので」


「ええ」


「……何か、書かれていますか」


 一拍。


 この人は、私が書くときの音を知っている。


 ペンを置く音も。


「いいえ」


 私は答える。


「書いていません」


「かしこまりました」


 足音は、去らない。


 少しの間、そこにある。


「ルーク」


「はい」


「一つ、伺います」


「どうぞ」


 問いを、選ぶ。


 核心は避ける。


「あなたは、記録されたいですか」


 沈黙。


 長い。


 扉一枚を挟んで、私は待っている。


「……分かりかねます」


 やがて、そう答えた。


「分かりかねる、とは」


「記録されるとは、どういうことか」


 一拍。


「まだ、実感がありません」


 そうだろう。


 実感を持っている者は、この世界に多くない。


 実感を持ったとき、人はもう選べない。


「ですが」


 ルークが続ける。


「お嬢様が必要だと仰るなら」


 一拍。


「それは、必要なのだと思います」


 ――やめてほしい。


 初めて、そう思った。


 この人は、選択の重さを量らずに差し出そうとする。


 量らせないまま受け取るのは、奪うことと変わらない。


「必要ありません」


 私は言う。


 声が、少し硬くなった。


「かしこまりました」


 それだけだ。


 この人は、理由を聞かない。


 聞かないから、私も言わずに済む。


 済んでしまう。


 私は手帳を閉じる。


 書きかけの染みだけが、ページに残る。


 言葉には、ならなかった。


 燭台の火を消す。


 暗くなる。


【接続 無】


 まだ、そこにある。


 解ける手を、私は持っている。


 持ったまま、使わない。


 ――書けない理由が、ひとつある。

リディアには、証人が一人だけいます。


全ての場面に居合わせ、一度も彼女を見失わなかった人です。書けば【接続 無】は解ける。

けれど、記録されたものは観測され、定義され、外から上書きされます。彼女の記録は何度もそうされてきました。

彼女がペンを置いた理由は、まだ本人も口にしていません。


次話では、記録されない側の存在と話します。


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