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「君を断罪する」と記録された瞬間、私はその記録を書き換えた ~婚約破棄令嬢は、従者にだけ視えている~  作者: 夜空ミリア


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第50話 書いていない記録

 ――繋がった。ほんの、一瞬。


 一瞬でも、繋がれば、次がある。


 三日、休んだ。


 負荷が引くまで、動けなかった。


 足に力が入らない。


 呼吸が浅い。


 持続型だ。


 分かっていて使った。


 後悔はしていない。


「お嬢様」


 ルークが、水差しを置く。


「はい」


「三日で起きられたのは、早いほうです」


「ええ」


「……無理をなさいました」


「ええ」


 私は認める。


 認めても、この人は責めない。


 責めない代わりに、水を置いていく。


 四日目。


 同じ回廊へ行った。


 ミリアは、いた。


 三日、待っていたのだと分かる座り方だった。


「……リディア様」


 声に出す。


 誰もいない場所へ、名を呼ぶ。


 勇気の要ることだ。


 この人は、それを三日続けたのだろう。


 私は手帳を開く。


 ペンを取る。


【経路 手帳】


 書く。


 沈む。


 浅い。


【状態 一時記録】


 書く。


 沈む。


 繋がった。


「――はい」


 私は答える。


「……っ」


 ミリアが、跳ねる。


 それから、両手を胸に当てて、息を吐いた。


「……よかった」


 小さく。


「よかった、です」


「ご心配を」


「いいえ」


 ミリアが首を振る。


「いいえ。あの、リディア様」


「はい」


「お見せしたいものが、あります」


 膝の上の手帳を、両手で開く。


 こちらへ向けて。


 見えるはずのない方向へ、律儀に向けて。


「……」


 私は覗き込む。


 右のページ。


 ミリアの筆跡が並んでいる。


 日付。


 受付。


 担当、記載なし。


 きちんとした字だ。


 その下。


 余白。


 三行ぶん、空いている場所。


 そこに。


【  】


 浮かんでいた。


 銀の文字で。


「……」


 私の書き方だ。


 囲いの中に、言葉が二つ。


 あいだを、一つ分だけ空けて。


 だが。


 読めない。


 文字の形は見える。


 輪郭もある。


 なのに、意味が結ばない。


 目が滑る。


 名簿の薄い行を探したときと、同じ滑り方だ。


「これは」


 私は言う。


「わたくしは、書いておりません」


 ミリアが答える。


 即答だった。


「本当に、書いていないのです」


「分かっています」


「……はい」


「いつからですか」


「殿下と廊下ですれ違った日からです」


 一拍。


「その日の、夜でした」


 十日ほど前。


 私がまだ、境界の向こう側にいた頃だ。


「そのときは、一行だけでした」


「今は」


「増えています」


 ミリアがページをめくる。


 次の余白にも、ある。


 その次にも。


【  】


【  】


 同じ形で。


 同じ、読めなさで。


 どれも、余白にだけ現れている。


 ミリアの文字を避けている。


 避けて、隙間に住んでいる。


「……」


 私は、自分の手帳を見る。


【接続 無】


 まだ、ある。


 私のものではない。


 ミリアのものでもない。


 ならば、誰かのものだ。


 この書き方を使う者が、他にいる。


 私は、この書き方を誰にも教えていない。


 教わったこともない。


 ――手帳を渡されたときから、私はこう書いていた。


 渡した人がいる。


「リディア様?」


「はい」


「あの……この文字は、危険なものでしょうか」


 いい問いだ。


 答えは、まだ持っていない。


「分かりません」


 私は正直に言う。


「ですが、危険でないなら、隠す必要がありません」


「……はい」


「読めないように書かれているものは、読まれたくないものです」


 ミリアが、手帳を胸に抱く。


 少しだけ、震えている。


 それでも閉じない。


 開いたまま抱く。


 この人は、もう観測者だ。


 怖くても、閉じない。


「ミリア嬢」


「はい」


「その手帳を、私に預けないでください」


「……え」


「あなたが持っていてください」


 私は続ける。


「あなたが書いているから、あの余白は生まれています」


 誰かが書いている紙にしか、誰かは書けない。


 孤立した記録は、消える。


 逆もまた、そうだ。


 繋がっている紙には、繋がりが集まる。


「かしこまりました」


 ミリアが頷く。


 震えたまま。


 閉じないまま。


「……」


 視界が、また遠くなる。


 時間だ。


 銀の文字が薄れていく。


 私は最後に、余白の文字を見た。


 読めない。


 だが、癖がある。


 字の傾き。


 間隔の取り方。


 ――見覚えが、ある。


 ――もう一人、書いている。

ミリアの手帳の余白に、誰も書いていない記録が浮かんでいました。


リディアと同じ書き方です。囲いの中に、言葉が二つ。

けれど彼女は書いていません。ミリアも書いていません。読もうとすると、目が滑ります。

この書き方を、リディアは誰にも教えていません。教わってもいません――手帳を渡された、あの日から。


ここまでが第一幕です。次話からは、その空白を辿ります。


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