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「君を断罪する」と記録された瞬間、私はその記録を書き換えた ~婚約破棄令嬢は、従者にだけ視えている~  作者: 夜空ミリア


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第49話 声だけが、届く

 ――誰かの記録の中に、私はいた。


 ならば、そこを通せる。


 翌日。


 同じ回廊。


 同じ時刻。


 ミリアは、同じ長椅子にいた。


 習慣になっている。


 人は、続けているものを隠せない。


「……」


 私は、少し離れて立つ。


 手帳を開く。


 ペンを取る。


 考えは、単純だ。


 私には、前後関係も、証人も、経路も無い。


 だが、あの手帳には、私の名がある。


 あれを、経路にする。


【経路 手帳】


 書く。


 インクが、少しだけ沈む。


 少しだけ。


 全部は沈まない。


「……」


 足に、重みが来る。


 早い。


 まだ一行だ。


 構わない。


 続ける。


【状態 一時記録】


 書き切る。


 インクが、深く沈んだ。


 瞬間。


 回廊の空気が、わずかに詰まる。


 音が、近くなる。


 自分の靴音が、聞こえる。


「――え」


 ミリアが、顔を上げた。


 こちらを見る。


 見て。


 通り過ぎる。


 見えてはいない。


 だが。


「……どなたか」


 声が、震えている。


「どなたか、いらっしゃいますか」


 聞こえている。


 声だけが、届いている。


「……失礼いたします」


 私は答える。


 ミリアの肩が、はっきりと跳ねた。


「ひっ」


 小さな悲鳴。


 手帳が、膝から落ちる。


 拾えない。


 私は拾えない。


 拾えば、また誰の手にも渡らないものになる。


「申し訳ありません」


 私は言う。


「驚かせるつもりは、ありませんでした」


「……」


 ミリアが、両手で口を押さえている。


 目が、動いている。


 誰もいない回廊を、必死に探している。


 息が、速い。


 怖がっている。


 当然だ。


 私なら、もっと怖がる。


「……あの」


 ミリアが、震える声で言う。


「幽霊、でしょうか」


「いいえ」


「では」


「記録から、落ちた者です」


 言い方を、選ばなかった。


 選んでいる余裕がなかった。


 足が、もう重い。


【記録負荷 増大】


 浮かぶ。


 視界の端が、少し遠い。


「……その、声」


 ミリアが言う。


「聞いた覚えが、あります」


 一拍。


「あの夜の」


「はい」


「……リディア様?」


「はい」


 名を呼ばれた。


 あの夜以来だ。


 息が、通る。


「……」


 ミリアが、床の手帳を拾い上げる。


 胸に抱く。


 その姿勢のまま、しばらく動かない。


 逃げるだろう、と思った。


 当然のことだ。


 逃げたほうがいい。


 だが。


 ミリアは、立ち上がらなかった。


 膝の上で、手帳を開いた。


 開いて。


 ペンを、探した。


「……お尋ねしても、よろしいですか」


 そう言った。


 震えたままの声で。


 逃げずに。


 書く姿勢で。


「……」


 私は、答えるまでに一拍かかった。


「どうぞ」


「はい」


 ミリアがペンを構える。


 紙の上で、少し迷う。


 それから、書く。


 日付から書き始めた。


 この人は、もう分かっている。


 記録は日付から立つということを。


 誰にも教わらずに。


「リディア様」


「はい」


「あなたは、今」


 一拍。


「どこに、いらっしゃるのですか」


 いい問いだ。


 いちばん、記録に必要な問いだ。


「あなたの、正面です」


 私は答える。


「三歩ほど」


「……はい」


 ミリアが、書く。


 インクが、紙に染みる。


 その音が、聞こえた気がした。


「……」


 同時に、視界が沈む。


 膝が折れる。


 手帳の銀の文字が、薄れていく。


 一時の記録が、崩れる。


「リディア様?」


 声が、遠い。


「……リディア様!」


 届かない。


 もう、届いていない。


 私は壁に手をつく。


 息を整える。


 ミリアは、誰もいない回廊に向かって、名を呼び続けている。


 呼ばれている。


 この声を、次はもっと長く保たせる。


 ――繋がった。ほんの、一瞬。

ミリアの手帳を経路にして、声だけを届かせました。


姿は見えません。触れられません。持続もしません。書いた分だけ負荷が来ます。

それでも彼女は、逃げずに、ペンを構えて「お尋ねしてもよろしいですか」と言いました。

記録は単体では立ちません。経路が要る。二人は、ここで同志になります。


次話では、その手帳の余白に、誰も書いていない一行が浮かびます。


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