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「君を断罪する」と記録された瞬間、私はその記録を書き換えた ~婚約破棄令嬢は、従者にだけ視えている~  作者: 夜空ミリア


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第48話 手帳の中の私

 ――罪だけが、残っている。


 その記録を残した夜の、もう一人がいる。


 ミリア・フェンリス。


 伯爵令嬢。


 あの夜、王太子の隣に立たされていた娘。


 王宮の東の回廊。


 午後。


 人が少ない時刻を選んだ。


 選ばなくても同じだが、癖だ。


「……」


 いた。


 窓辺の長椅子。


 薄い色の髪。


 背筋は伸びている。


 あの夜より、伸びている。


「ミリア嬢」


 私は言う。


 返事はない。


 顔も上げない。


 当然だ。


 分かっていた。


 分かっていて、呼んだ。


 礼は、届かなくても言う。


 名も、届かなくても呼ぶ。


 そう決めている。


「……」


 ミリアが、膝の上で何かを開く。


 手帳だ。


 伯爵令嬢が持つ、小さな私物の手帳。


 装丁は簡素。


 角が擦れている。


 よく開かれている手帳の擦れ方だ。


「……差し戻し。受付、第二。担当、記載なし」


 声に出して読む。


 独りごとの読み方だ。


 私は、動かない。


「……三日後。同じ。担当、記載なし」


 指が、行を辿る。


「……そのまた三日後。ここも」


 三件。


 私が記録局から外された後の日付。


 あの控えを、この人は自分で見つけた。


 誰にも言われず。


 誰にも頼まれず。


 自分の手で並べている。


「……」


 ミリアが、ページをめくる。


 前のほうへ。


 最初のほうへ。


 そして、止まる。


 止まって、少し黙る。


 それから、読んだ。


「あの夜、リディア・エル=カレスト様がいた」


 一行。


 それだけ。


「……」


 私は、その一行を見ている。


 近づく。


 誰にも咎められない距離まで。


 黒いインク。


 少し震えた筆跡。


 王宮の帳簿から落ちた名前が、そこにある。


 伯爵令嬢の私物の手帳に。


 誰の権限も通っていない紙に。


 証拠にならない。


 裁きに届かない。


 名誉も回復しない。


 だが。


 書かれている。


「……」


 息が、少し戻った。


 浅かったものが、深くなる。


 それが何なのか、すぐには分からなかった。


 分からないまま、しばらく立っていた。


 ミリアが、顔を上げる。


 窓の外を見る。


 こちらではない。


 こちらではないが。


「……いずれ、記録が揃います」


 そう言った。


 私の言葉だ。


 あの夜、馬車に乗る前に、この人に渡したもの。


 返ってきた。


 形を変えて。


「揃うのは」


 ミリアが続ける。


 自分に言い聞かせる声で。


「誰かが揃えてくれるからでは、ないのですね」


 そのとおりです。


 私は答える。


 声は、届かない。


 届かないまま、答える。


「……」


 ミリアが手帳を閉じる。


 しまう。


 立ち上がる。


 裾を直す。


 そして、歩き去る。


 最後まで、私は見えていない。


 回廊に、一人になる。


 私は考えている。


 王宮の記録には、私はいない。


 家の名簿からも、消えかけている。


 証人も、経路もない。


 “孤立した記録”は、消える。


 だが。


 あの手帳には、書いてある。


 権限のない紙。


 制度の外側。


 誰の許可も要らない場所。


 ――そこが、空白になっていない。


 私は、自分の手帳を取り出す。


 開く。


【接続 無】


 まだ、ある。


 消えていない。


 当然だ。


 あの一行は、まだ私と繋がっていない。


 誰かが書いただけでは、繋がらない。


 繋がるには、経路が要る。


「……」


 私は、回廊を戻る。


 足取りが、わずかに速い。


 急いでいる理由を、まだ言葉にしていない。


 ――誰かの記録の中に、私はいた。

ミリアと再会しました。彼女にも、リディアは見えません。


けれど彼女は自分の手帳に書いていました。「あの夜、リディア・エル=カレスト様がいた」と。

王宮の記録から消えた名前が、証拠にも裁きにもならない紙の上に、たった一行だけ残っています。

第42話でミリアが始めた個人的な記録が、ここで意味を持ち始めます。


次話では、その手帳を経路にして、ある試みをします。


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