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「君を断罪する」と記録された瞬間、私はその記録を書き換えた ~婚約破棄令嬢は、従者にだけ視えている~  作者: 夜空ミリア


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第44話 門は、開かない

 ――誰も、書かない。


 その状態のまま、王都へ戻った。


 三日。


 歩いて。


 乗合馬車には乗れなかった。


 乗車の記録に、名前が載らないからだ。


 ルークが払えば、ルークの分だけが載る。


 私は荷物として扱われるべきかを一度だけ考えて、やめた。


 歩いたほうが早い。


 王都の門は、いつもどおり混んでいた。


 行商。


 巡礼。


 役人。


 列。


 門番が、通行の理由を聞いている。


 書き取っている。


 入るとは、書かれることだ。


 そんな当たり前を、今日初めて知った。


「……」


 私は列に並ばない。


 並んでも意味がない。


 横を、素通りする。


 誰も止めない。


 誰も見ない。


 通れてしまう。


 通れてしまうことが、通れないことより重い。


 ノクスが、少し後ろを歩いている。


「……多い」


「ええ」


「……見てない」


「ええ」


 私は頷く。


「誰も、見ていません」


 カレスト家の門の前に立つ。


 鉄柵。


 見慣れた紋章。


 あの夜以来だ。


「開けてください」


 私は言う。


 門番が、姿勢を正す。


 こちらではなく、ルークに向かって。


「ルーク殿」


「はい」


「ご苦労さまです。……お一人で?」


 一拍。


「いえ」


 ルークが答える。


 それ以上は言わない。


 言っても、通じないと分かっている。


 門が開く。


 ルークのために。


 私は、その隙間を通る。


 自分の家に。


 客としてでもなく。


 娘としてでもなく。


 誰の許可も要らずに。


 庭は、手入れされていた。


 変わらない。


 屋敷の中も、変わらない。


 使用人が廊下を行き来している。


 誰も、私を見ない。


 書庫へ入る。


 名簿がある。


 家の名簿だ。


 当主。


 家族。


 使用人。


 出入りの商人。


 この家に「いる」ことになっている者の一覧。


 私は、それを開く。


「……」


 私の項が、ある。


 リディア・エル=カレスト。


 ある。


 消えていない。


 だが。


 薄い。


 インクが、褪せている。


 周りの行は、はっきりとしているのに。


 その一行だけが、水を通したように淡い。


「……お嬢様」


 ルークが、名簿を覗き込む。


 そして、黙る。


 見えているのだ、この人には。


 薄いということが。


「古参の記録係を呼んでください」


「はい」


 老いた記録係が来る。


 私が幼い頃からこの家の帳簿をつけている人だ。


 名前を覚えている。


 声も覚えている。


 その人が、ルークに問われて、名簿を覗き込む。


「……ああ」


 少し考える。


「そういうお名前の方が、いた気がします」


 いた。


 気がします。


 過去形と、推量。


 二つが同時に来た。


「お嬢様のことです」


 ルークが言う。


 珍しく、強い。


「……はい」


 記録係が頷く。


「はい。もちろん」


 もちろん、と言う。


 だが、その目は名簿の一行を探している。


 探して、見つけて、また逃す。


 薄い行は、視線を留めない。


 留めない記録は、思い出されない。


 思い出されない名前は、次の書き写しで落ちる。


 落ちても、誰も気づかない。


 消えるとは、そういうことだった。


 劇的な削除ではない。


 誰も悪くない。


 誰も憎めない。


 ただ、少しずつ、薄い。


「ありがとうございます」


 私は言う。


 聞こえていない。


 それでいい。


 礼は、届かなくても言う。


 そう決めている。


 名簿を閉じる。


 背表紙の埃を払う。


 埃は落ちる。


 私が払ったことは、どこにも残らない。


 窓の外。


 庭。


 春が終わった色をしている。


 ――薄い。

王都へ戻りました。


門は開きます。ただし、彼女のためではありません。

そして家の名簿には、まだ名前が残っていました。残っていましたが――薄い。

消えるというのは、削除ではなく、少しずつ読まれなくなることでした。


次話では、手帳に、一つの言葉が浮かびます。


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