第36話 消される側
――観測開始。
その言葉の余韻が、まだ空気に残っている。
なのに。
次の瞬間。
“音”が消えた。
「……?」
ルークが、わずかに眉を寄せる。
私は動かない。
ただ、理解する。
これは――
“削られている”。
「――不整合領域 削除」
声が、響く。
だが今度は違う。
遠い。
そして。
容赦がない。
「……っ」
足元が、消える。
石畳が、存在を失う。
崩れるのではない。
“なかったことになる”。
「下がってください!」
ルークが叫ぶ。
だが、意味がない。
距離ではない。
これは。
“選別”だ。
「……来ましたね」
黒服の男が、低く笑う。
だがその目は鋭い。
「観測では終わらないとは思っていたが」
「ええ」
私は答える。
そして。
すぐに理解する。
これは。
“削除処理”。
「……ノクス」
横を見る。
ノクスの輪郭が、揺れている。
明らかに。
不安定だ。
「……薄い」
ノクスが呟く。
「……消える?」
その言葉。
それだけで。
空気が冷える。
「いいえ」
私は即答する。
強く。
「消させません」
その瞬間。
さらに空間が削られる。
廊下の壁が、消える。
視界が歪む。
「――対象 未安定」
声が言う。
明確に。
「――優先削除」
次の瞬間。
ノクスの腕が、消えた。
「……!」
ルークが踏み込む。
だが。
触れられない。
そこにあるのに。
“ない”。
「……ノクス」
私は、呼ぶ。
静かに。
だが。
強く。
ノクスは、こちらを見る。
目が揺れている。
初めて。
明確に。
「……怖い」
一言。
それだけ。
だが。
十分だった。
「……」
私は、息を吐く。
そして。
理解する。
ここだ。
今だ。
ここで。
決める。
「……ノクス」
私は言う。
「選びなさい」
一拍。
「消える側か」
「残る側か」
その言葉。
それだけで。
空気が止まる。
ノクスが、揺れる。
輪郭が崩れる。
腕が、戻っては消え。
戻っては消える。
「……」
ノクスは、黙っている。
時間がない。
削除は進んでいる。
だが。
私は待つ。
強制しない。
これは。
“選択”だ。
「……」
ノクスが、ゆっくりと口を開く。
「……消えたくない」
その一言。
それだけで。
すべてが決まる。
「ええ」
私は頷く。
「なら」
ペンを握る。
迷いはない。
書く。
【対象 ノクス】
【状態 存在確定】
インクが、強く沈む。
その瞬間。
空気が、ぶつかる。
「――矛盾増大」
声が、初めて揺れる。
削除が、止まる。
いや。
止めている。
「……っ」
ノクスの輪郭が、戻る。
完全ではない。
だが。
消えない。
「……なるほど」
黒服の男が、低く笑う。
「選択を“固定”したか」
「ええ」
私は答える。
「曖昧な存在は消される」
一拍。
「なら、曖昧でなければいい」
そのとき。
空間が、大きく歪む。
さらに強い圧。
「――整合不能」
声が、変わる。
明確に。
怒りではない。
だが。
“拒絶”。
「……来ます」
ルークが構える。
だが。
私は動かない。
ただ。
前を見る。
そして。
理解する。
これは。
まだ。
“前段階”だ。
「……次ですね」
私は、小さく呟く。
削除は止めた。
だが。
終わっていない。
むしろ。
ここからだ。
――本当の排除が始まる。
ついに、“消される側”に立たされました。
そして初めて、ノクスが“恐怖”を口にしました。
ここからは、ただの理屈では勝てません。
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次は、“選択の代償”です。




