第35話 観る側へ
――こちらも、見る側に回る必要がある。
その結論は、静かに、だが確実に重みを持っていた。
「……見られ続ける、ですか」
ルークが低く言う。
「ええ」
私は頷く。
手帳を閉じたまま。
「観測対象にされた以上、こちらの“記録”は一方的に参照される」
「……それを、許容するのですか」
「いいえ」
私は即答する。
「許容はしません」
一歩、進む。
廊下の奥。
先ほどまで“上位存在”がいた場所。
もう、気配はない。
だが。
確実に。
“見られている”。
「……なら」
黒服の男が、興味深そうに問う。
「どうする」
「簡単です」
私は答える。
そして。
手帳を開く。
「観る側になります」
その一言。
それだけで、空気がわずかに張り詰める。
「……」
ルークが、何か言おうとして止まる。
黒服の男は、黙っている。
ノクスだけが、少し首を傾げた。
「……どうやって」
短く問う。
「記録を逆に使います」
私は答える。
「観測されるなら、観測する」
そして。
ペンを握る。
書く。
【対象 観測】
インクが、静かに染みる。
その瞬間。
視界が、変わる。
「……」
廊下ではない。
空間が、歪む。
薄い層が、重なって見える。
「……なるほど」
黒服の男が、小さく笑う。
「記録を“視点”として使うか」
「ええ」
私は答える。
そして。
そのまま、先を見る。
今までは。
“そこにあるもの”しか見えなかった。
だが、今は違う。
“繋がり”が見える。
「……」
細い線。
空間の奥へと伸びている。
一本ではない。
複数。
絡み合いながら。
どこかへ繋がっている。
「……見えますか」
私は、静かに言う。
ルークが目を細める。
「……いえ」
「ええ」
私は頷く。
「これは、記録の視点です」
通常の視界ではない。
“関係”を見る視界。
「……」
私は、その線の一本に意識を向ける。
ノクスへと繋がる線。
その先。
さらに奥へ。
「……」
そこに。
“ある”。
見えない。
だが。
確実に。
「……いましたね」
小さく呟く。
「……何がですか」
ルークが問う。
「観測している側です」
その瞬間。
線が、わずかに揺れる。
反応。
「……」
私は、わずかに息を吐く。
これは。
双方向だ。
「……気づかれたな」
黒服の男が、楽しそうに言う。
「ええ」
私は答える。
そして。
さらに一歩、踏み込む。
線を辿る。
深く。
その瞬間。
視界が、完全に変わる。
「……っ」
ノクスが、わずかに動く。
「……深い」
短く言う。
それが正しい。
ここは。
“上位層”。
「――観測逆流」
声が、響く。
今度は、明確に。
外からではない。
“こちらへ”。
「……」
私は動かない。
ただ。
そのまま、見る。
そして。
理解する。
これは。
“拒否”ではない。
――応答だ。
「……なるほど」
私は、小さく呟く。
「見ていい、と」
その瞬間。
空間が、開く。
ほんのわずかに。
だが。
確実に。
「……!」
ルークが、息を呑む。
「お嬢様、それは」
「ええ」
私は答える。
「“許可”です」
観測されるだけではない。
こちらも。
観測できる。
「……面白い」
黒服の男が、静かに笑う。
「対等になったか」
「いいえ」
私は首を振る。
「まだです」
一拍。
「見えるだけです」
それでも。
大きな変化だ。
そして。
そのとき。
線の奥から。
“何か”が動く。
ゆっくりと。
こちらへ。
「……」
私は目を細める。
逃げない。
見続ける。
そのまま。
その存在が、形を持つ。
曖昧な輪郭。
だが。
先ほどの管理者とは違う。
もっと、深い。
「――記録官」
声。
今度は、明確に。
「――観測開始」
その瞬間。
すべてが、繋がる。
私は、静かに確信する。
――次は、こちらが試す番だ。
ついに、“観る側”に踏み込みました。
ただ見られるだけではなく、
こちらも見ることができる。
そして――次は、試す番です。
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次は、“観測の先”に踏み込みます。




