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婚約破棄された令嬢ですが、“記録を書き換える力”で全部ひっくり返します  作者: 夜空ミリア


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第29話 名前を奪うもの

 ――選ばれたのは、始まりにすぎない。


 その実感は、すぐに現実になった。


 廊下の奥。


 暗がりの中で、“それ”は確かにこちらを見ている。


 一つではない。


 複数。


 視線の数だけ、意味がある。


「……来ていますね」


 私は静かに言う。


 ルークが剣に手をかけたまま、低く答える。


「ええ。先ほどの存在とは違います」


「どう違うと判断しましたか」


「……揺れがない」


 一瞬、私は目を細めた。


 良い観察だ。


 確かに。


 あれは“未記録”ではない。


 輪郭が、はっきりしている。


 最初から。


「……なるほど」


 黒服の男が、興味深そうに呟く。


「最初から“定義されている”存在か」


「ええ」


 私は頷く。


 そして。


 理解する。


 これは――


「……逆です」


 小さく言う。


「未記録ではなく、“過剰に記録された存在”」


 その瞬間。


 空気が、変わる。


 圧が、強まる。


 そして。


 暗がりの中から。


 一歩。


 姿が現れる。


「……」


 人の形。


 だが。


 違和感がある。


 整いすぎている。


 情報が、多すぎる。


 “完成されすぎている”。


「……お嬢様」


 ルークの声が、わずかに硬くなる。


「下がってください」


「いいえ」


 私は答える。


 迷いなく。


 そして。


 ノクスを見る。


「……あなたは」


「……」


 ノクスは、動かない。


 だが。


 わずかに、私の側に寄る。


 それだけで。


 十分だった。


「……」


 私は前を見る。


 現れた存在が、口を開く。


「――識別完了」


 機械的な声。


 感情がない。


「対象 未接続存在」


 一拍。


「対象 干渉者」


 その言葉。


 それだけで。


 構図が確定する。


「……敵ですね」


 黒服の男が、低く言う。


 笑っていない。


「ええ」


 私は答える。


 そして。


 理解する。


 これは。


 “名前を与える側”だ。


「……あなたは」


 私は問いかける。


「誰ですか」


 存在は、少しだけ首を傾ける。


 人間の動き。


 だが。


 意味が違う。


「――管理単位」


 一拍。


「命名管理者」


 空気が、凍る。


 その単語。


 それだけで。


 すべてが繋がる。


「……なるほど」


 私は小さく呟く。


「“名前を与える側”」


 つまり。


 私とは逆。


 あるいは。


 上位。


「……」


 ノクスが、わずかに動く。


 明確に。


 後ろへ。


 距離を取る。


「……ノクス」


 私は呼ぶ。


 短く。


 だが。


 強く。


 ノクスが止まる。


 振り返る。


「……選びますか」


 私は言う。


 今、ここで。


 問いを投げる。


 ノクスは、しばらく沈黙する。


 そして。


「……まだ」


 短く答える。


 それでいい。


 今は。


「――干渉開始」


 管理者が言う。


 その瞬間。


 空気が、変わる。


 圧が、増す。


 そして。


 手帳が、強く震える。


「……!」


 視線を落とす。


 文字が。


 勝手に。


 書き換わっている。


【対象 ノクス】

【状態 接続】


「……」


 私は何も言わない。


 だが。


 理解する。


 これは。


 “奪われた”。


「……お嬢様!」


 ルークが叫ぶ。


 ノクスが、一歩前に出る。


 だが。


 動きが、止まる。


 不自然に。


「……」


 ノクスの輪郭が、揺れる。


 先ほどとは違う。


 強制的な揺れ。


「――再定義」


 管理者が言う。


 その声は、変わらない。


「対象 従属」


 その瞬間。


 ノクスが、完全に止まる。


 動かない。


 呼吸もない。


 まるで。


 “書き換えられた”かのように。


「……なるほど」


 黒服の男が、低く言う。


「名前を与えるのではなく、“上書きする”」


「ええ」


 私は答える。


 そして。


 理解する。


 これは。


 戦いだ。


 明確な。


「……返します」


 私は、手帳を開く。


 ペンを握る。


 そして。


 書く。


【対象 ノクス】

【状態 未接続】


 インクが、強く染みる。


 その瞬間。


 空気が、ぶつかる。


 目に見えない何かが、衝突する。


「――干渉抵抗」


 管理者が言う。


 初めて。


 声に、わずかな変化。


 私は止めない。


 さらに書く。


【備考 同行】


 その瞬間。


 ノクスが、動いた。


 わずかに。


 指が動く。


「……っ」


 ルークが息を呑む。


 戻り始めている。


 完全ではない。


 だが。


 確実に。


「……まだ」


 私は言う。


 小さく。


 だが。


 確信している。


「奪わせません」


 その言葉。


 それ自体が。


 宣言だった。


 そして。


 管理者が、一歩前に出る。


 距離が、詰まる。


「――対象 優先変更」


 その声。


 次の瞬間。


 明確に、こちらを見た。


「対象 記録官」


 空気が、凍る。


 完全に。


 私は動かない。


 ただ。


 理解する。


 ――標的が、変わった。

ついに、“敵”がはっきりと現れました。


そして――狙われたのは、主人公自身。


ここからは、完全な対立です。


もし続きを楽しみにしていただけたなら、

ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次は、“名前を奪われる側”の戦いです。

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