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婚約破棄された令嬢ですが、“記録を書き換える力”で全部ひっくり返します  作者: 夜空ミリア


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第26話 名前は、奪うもの

 ――ここで、決める。


 ペン先は、止まっていなかった。


 インクが、紙に沈む。


 “名前”が、形になろうとしている。


「――やめろ」


 “それ”が、明確に拒絶した。


 声が、歪む。


 空間ごと。


 だが。


 遅い。


「……」


 私は、何も言わない。


 ただ。


 書く。


 与えるのではない。


 定義する。


【対象名 ――】


 その瞬間。


 世界が、裂けた。


 音ではない。


 だが、確実に“何か”が壊れた。


「っ……!」


 ルークが膝をつく。


 黒服の男の笑みが消える。


 ノアだけが。


 楽しそうに笑っている。


「いいね」


 軽く。


「ちゃんとやってる」


 “それ”が、崩れる。


 輪郭が、乱れる。


 形が、歪む。


 そして。


「――やめろ」


 今度は。


 懇願に近い。


 だが。


 私は止めない。


 ここで止めれば。


 すべてが中途半端になる。


 そして。


 理解している。


 これは。


 “与える”行為ではない。


 ――奪う行為だ。


「……」


 私は、静かに書き切る。


【対象名 仮称:ノクス】


 インクが、強く染みた。


 その瞬間。


 空気が、静止する。


 完全に。


「……っ」


 ルークが顔を上げる。


 驚き。


 そして。


 理解。


「……固定された」


「ええ」


 私は頷く。


 短く。


 確実に。


 “それ”――ノクスは。


 もう、揺れていない。


 形を持っている。


 意味を持っている。


「……」


 ノクスが、こちらを見る。


 初めて。


 “顔”のようなものが、浮かぶ。


 輪郭が。


 情報が。


 集まり始める。


「……なるほど」


 黒服の男が低く言う。


「“未記録”に名前を与えた瞬間、完全にこちら側に固定された」


「ええ」


 私は答える。


 だが。


 それだけではない。


「……奪いましたね」


 彼が続ける。


「主導権を」


 私は何も言わない。


 だが。


 それは、否定しない。


 そして。


 そのとき。


 ノクスが、口を開く。


 今度は、はっきりと。


「……名前」


 声が、安定している。


 先ほどとは違う。


 明確に。


 “存在”している。


「……それが」


 ゆっくりと。


「……私か」


 その問い。


 それ自体が。


 変化だった。


「ええ」


 私は答える。


「今は」


 ノクスの目が、わずかに揺れる。


 そして。


「……理解した」


 短く。


 その一言で。


 完全に変わる。


 敵ではない。


 まだ。


 だが。


 味方でもない。


「……」


 ルークが立ち上がる。


 警戒を解かない。


 当然だ。


「……何をするつもりですか」


 彼が問う。


 ノクスは、しばらく黙る。


 そして。


「……選ぶ」


 一言。


「何を」


「繋がるか」


 その言葉。


 それが意味するもの。


 私は理解する。


 これは。


 従属ではない。


 選択だ。


「……」


 私は、手帳を閉じる。


 これ以上の固定は。


 不要だ。


 むしろ。


 危険。


 そして。


「……戻ります」


 私は言う。


 短く。


 決定として。


「ここは」


 一拍。


「長くいる場所ではありません」


 ルークが頷く。


 すぐに理解する。


 黒服の男も、何も言わない。


 ただ、笑っている。


 そして。


 ノア。


「もう帰るの?」


 少しだけ、不満そうに。


「ええ」


 私は答える。


「十分です」


 ここで得るべきものは、得た。


 それ以上は。


 “引きずられる”。


「……そっか」


 ノアは笑う。


 軽く。


 そして。


「じゃあ」


 一歩、下がる。


「またね」


 その言葉。


 それだけで。


 距離が戻る。


 境界が、閉じる。


 空気が、変わる。


 重さが、消える。


 私は、一歩戻る。


 通路の外へ。


 王宮の中へ。


 そして。


 振り返る。


 ノクスが、こちらを見ている。


 何も言わない。


 だが。


 確実に。


 “残っている”。


「……」


 私は何も言わない。


 ただ。


 理解する。


 これは。


 終わりではない。


 新しい、始まりだ。


 そして。


 そのとき。


 手帳が、震えた。


 視線を落とす。


 新しい文字。


 浮かんでいる。


【対象 ノクス】


【状態 未接続】


 私は、静かに息を吐く。


 そして。


 確信する。


 ――まだ、繋がっていない。

ついに、“名前”が与えられました。


未記録だった存在が、

初めて“こちら側”に現れた。


ですが――まだ、繋がっていない。


ここから先は、“関係”の話になります。


もしここまで楽しんでいただけたなら、

ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


次は、“繋がるかどうか”です。

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