第21話 未確保という記録
――これは、まだ序章だ。
その認識が、ようやく現実に追いついた。
「……未確保」
私は小さく呟く。
手帳に残された、その一行。
さきほど自分で書いたはずの記録は、すでに別の意味に変わっている。
【対象 未確保】
確保している。
目の前にいる。
それでも。
“記録上は”確保していない。
「……」
私はゆっくりと顔を上げる。
レイヴンを見る。
拘束されている。
逃げられない状態。
だが。
その表情。
崩れていない。
むしろ。
確信している。
「……お嬢様」
ルークが低く言う。
「はい」
「何か、おかしい」
「ええ」
私は頷く。
そして。
「確保されていません」
言い切る。
ルークの眉が寄る。
「目の前にいます」
「ええ」
「それでも、です」
沈黙。
空気が、わずかに揺れる。
「……どういう意味だ」
アルヴェルトが問う。
今度は、逃げない。
真正面から。
私は手帳を見せる。
その一行を。
「……未確保」
彼が呟く。
その瞬間。
表情が変わる。
理解した。
「……記録が」
「ええ」
私は頷く。
「現実と一致していません」
それは。
今までもあった。
だが。
今回は違う。
目の前の“結果”すら。
否定されている。
「……つまり」
黒服の男が、楽しげに言う。
「この捕縛は、意味がない?」
「現時点では」
私は答える。
「記録上、存在しない」
つまり。
「このままでは」
一拍。
「“いなかったこと”になります」
空気が、凍る。
誰も動かない。
だが。
全員が理解する。
それが何を意味するか。
「……ふざけるな」
低く、アルヴェルトが言う。
感情が混じる。
初めて。
「現実にいる」
「ええ」
私は同意する。
「ですが」
視線を外さない。
「残らなければ、意味がありません」
それが、この世界だ。
そして。
そのとき。
「……くく」
小さな笑い。
全員が、そちらを見る。
レイヴン。
拘束されたまま。
だが。
笑っている。
「……やはり」
彼が言う。
「そこに気づきますか」
余裕。
完全に。
「……何をした」
カインが低く問う。
初めて、明確な圧。
だが。
レイヴンは、動じない。
「何も」
あっさりと。
「私は、何もしていません」
その言葉。
それ自体が。
答えだった。
「……」
私は目を細める。
そして。
理解する。
「……外ですか」
小さく言う。
レイヴンの笑みが、深くなる。
「さすがですね」
肯定。
つまり。
「ここではない」
操作しているのは。
この場ではない。
「……誰が」
ルークが呟く。
レイヴンは答えない。
ただ。
こちらを見る。
「あなたは」
彼が言う。
「どこまで記録できますか?」
問い。
挑発。
私は答えない。
代わりに。
手帳を開く。
新しい行。
ペンを置く。
そして。
書く。
【対象 存在確認】
インクが染みる。
その瞬間。
ページが、わずかに揺れる。
文字が、滲む。
そして。
変わる。
【対象 不明】
「……」
私は何も言わない。
だが。
確信する。
これは。
書き換えではない。
“否定”だ。
存在そのものを。
「……お嬢様」
ルークが、わずかに声を震わせる。
「ええ」
私は頷く。
そして。
はっきりと言う。
「このままでは」
一拍。
「消えます」
レイヴンが。
この場から。
記録から。
すべてから。
そして。
そのとき。
ノアの声が、響いた。
「だから言ったのに」
誰もいないはずの場所から。
「それ、消えるよ」
私は振り返らない。
ただ。
前を見る。
そして。
理解する。
これは。
もう。
追跡ではない。
戦いだ。
ルールそのものとの。
そして。
静かに。
決める。
「……残します」
小さく言う。
誰にでもなく。
だが。
確実に。
私は、書く。
もう一度。
【対象 存在】
インクが、強く染みる。
その瞬間。
空気が、震えた。
一つ、捕えたはずのものが、
“存在しない”ことになりました。
ここからは、記録そのものとの戦いです。
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次は、“消える理由”に踏み込みます。




