第16話 残された番号
――“本当の敵”がいる。
その認識だけが、はっきりと残っていた。
医務室を出たとき、廊下の空気はさらに重くなっている。
見えない何かが、確実に動いている。
だが。
今、やるべきことは一つだ。
「……戻ります」
私は短く言った。
「どちらへ」
ルークが問う。
「記録室」
答える。
「番号の先を、確定させます」
黒服の男が、わずかに笑う。
「ずいぶんと、落ち着いていますね」
「急ぐ必要はありません」
私は歩きながら言う。
「すでに、動いていますから」
向こうが。
ならば、こちらは。
“確定”すればいい。
――
記録室は、いつも通りだった。
整然とした書架。
静かな空気。
だが、その静けさは。
今は、少しだけ違う意味を持つ。
私は机に向かう。
手帳を開く。
挟んだ紙片を取り出す。
あの断片。
「三七」
小さく呟く。
それだけ。
だが。
これで十分だ。
「ルーク」
「はい」
「三七を含む識別番号を、すべて抽出してください」
「範囲は」
「直近三年」
広い。
だが、必要だ。
「承知しました」
ルークが動く。
文官たちも、それに続く。
静かに。
正確に。
時間はかからない。
すでに、準備は整っている。
「……出ました」
数分後。
ルークが報告する。
紙を差し出す。
そこには、いくつかの番号。
だが。
「……三つですね」
私は言う。
候補は、三つ。
少ない。
それが、いい。
「どれも、外部取引です」
ルークが続ける。
「金額は――」
「いいです」
遮る。
必要ない。
今は。
私は紙を見る。
三つの番号。
そして。
違和感。
「……一つだけ、違いますね」
「違う?」
黒服の男が覗き込む。
「何が」
「形式です」
私は指で示す。
「この番号だけ、古い」
他の二つは、新しい形式。
だが。
一つだけ。
古い。
「……なるほど」
男が小さく笑う。
「“混ぜている”わけですね」
「ええ」
私は頷く。
「目立たなくするために」
そして。
「本命を、隠す」
視線を落とす。
古い番号。
これだ。
「……これを、追います」
ルークが頷く。
すぐに動こうとする。
だが。
「待ってください」
私は止める。
「まだです」
「なぜ」
短い問い。
私は答える。
「“見られている”からです」
沈黙。
理解が、すぐに広がる。
この動きも。
すでに。
監視されている。
「……では」
「逆に、見せます」
私は言う。
「間違ったほうを」
残りの二つ。
新しい番号。
「こちらを、本命として扱う」
黒服の男が、わずかに目を細める。
「……二重の誘導」
「ええ」
私は頷く。
「本命は隠し、偽を追わせる」
そして。
「その動きを、観察する」
ルークが、静かに息を吐く。
「……徹底していますね」
「必要です」
短く答える。
ここで外せば。
すべてが崩れる。
「では」
ルークが動く。
指示を出す。
文官たちが、一斉に動き出す。
今度は、速い。
明確な目的があるから。
私は一歩下がる。
全体を見る。
そして。
待つ。
数分。
それだけで、十分だった。
「……動きました」
ルークが言う。
視線は、廊下の先。
「新しい番号のほうに、反応が集中しています」
予想通り。
だが。
それでいい。
「では」
私は手帳を開く。
新しい行。
ペンを置く。
そして。
書く。
【偽情報 反応確認】
インクが染みる。
その瞬間。
確定する。
本命は。
もう一つ。
「……行きます」
私は言う。
短く。
迷いなく。
「どちらへ」
ルークが問う。
私は紙を指で叩く。
古い番号。
「こちらです」
そして。
一歩、踏み出す。
そのとき。
背後で。
小さな声。
「ねえ」
振り返る。
誰もいない。
だが。
確かに、聞こえた。
「それ」
ノアの声。
「行っちゃだめだよ」
静かに。
はっきりと。
私は、足を止める。
ほんの一瞬。
そして。
再び、前を見る。
「……なぜですか」
問いは、届く。
だが。
返答はない。
沈黙。
ただ。
気配だけが残る。
私は目を細める。
そして。
理解する。
これは。
警告だ。
だが。
「……行きます」
私は、言い切る。
止まらない。
止まれない。
ここで止まれば。
何も進まない。
ルークが、一瞬だけこちらを見る。
だが、何も言わない。
黒服の男が、小さく笑う。
「いいですね」
その声は、楽しげだった。
「やはり、そうでなくては」
私は何も答えない。
ただ。
前を見る。
そして。
確信する。
この先に。
ある。
“本命”が。
ついに、“本命”が見えてきました。
ただし、それが安全とは限りません。
むしろ――逆です。
ここから先は、選択です。
もし続きを楽しみにしていただけたなら、
ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。
次は、“踏み込んだ結果”が出ます。




