第13話 正義は、揺らぐ
――断罪が、始まった。
その一言で、場の空気は完全に変わっていた。
誰も声を出さない。
だが、誰もが“見てしまった”。
王太子が、言葉に詰まる瞬間を。
「……」
沈黙が続く。
長くはない。
だが、十分だった。
私は手帳を閉じる。
音は立てない。
それでも、妙に響いた。
「……リディア」
アルヴェルトが、ようやく口を開いた。
先ほどよりも、低い声。
抑えている。
だが。
揺れている。
「その記録は、まだ確定ではない」
「ええ」
私は頷く。
否定はしない。
「可能性です」
「ならば――」
「ですが」
言葉を重ねる。
「否定はされませんでした」
一瞬。
また、沈黙。
その沈黙が、答えだ。
周囲の視線が、アルヴェルトに集まる。
先ほどまでとは違う。
疑い。
それが混じっている。
「……誤解だ」
絞り出すような声。
だが。
弱い。
「何が、ですか」
私は静かに問う。
逃がさない。
もう。
「その取引は、私の判断ではない」
――出た。
私はわずかに目を細める。
関与を否定しない。
責任をずらした。
つまり。
「では、誰の判断ですか」
即座に返す。
間を与えない。
アルヴェルトの視線が、わずかに泳ぐ。
そして。
止まる。
一瞬だけ。
カインのほうへ。
それを、私は見逃さない。
周囲も、気づく。
空気が変わる。
さらに。
一段。
「……」
カインは何も言わない。
ただ、静かに立っている。
視線も動かさない。
だが。
それが逆に、強い。
「……どうした」
カインが、ゆっくりと口を開く。
視線は、アルヴェルトへ。
「続けろ」
促す。
圧ではない。
だが、逃げ場はない。
アルヴェルトが、息を呑む。
「……情報統括の、判断だ」
言った。
言ってしまった。
場が、凍る。
完全な沈黙。
誰も動かない。
だが。
全員が理解する。
今、何が起きたかを。
私は何も言わない。
ただ、手帳を開く。
ペンを取る。
そして。
書く。
【責任所在 移動】
インクが、静かに染みる。
その音すら、聞こえる気がした。
「……リディア」
カインが、こちらを見た。
初めてだ。
明確に。
興味ではない。
確認でもない。
対峙。
「その記録は」
「事実です」
私は即答する。
言い切る。
「殿下が、そう発言されました」
否定の余地はない。
記録された。
それで終わりだ。
「……そうか」
カインが、わずかに息を吐く。
怒りはない。
焦りもない。
だが。
空気が変わる。
温度が、下がる。
「では、私からも確認しよう」
一歩、前に出る。
場の中心へ。
完全に、主導権を取る動き。
「その記録は、どこまで公開される」
問い。
だが。
選択を迫っている。
私は少しだけ考える。
答えは、すぐに出る。
「必要な範囲で」
「曖昧だな」
「状況に応じて、です」
正確に。
逃げない。
カインの目が、細くなる。
評価している。
「……いいだろう」
短く言う。
そして。
アルヴェルトを見る。
「殿下」
声は、変わらない。
だが。
意味が違う。
「この件は、私が引き受けます」
断言。
その瞬間。
空気が、決定的に変わる。
主導権が、完全に移る。
アルヴェルトは、何も言えない。
言えないまま、立っている。
孤立。
それが、はっきりと見える。
「……異論は」
カインが、周囲を見る。
誰も口を開かない。
開けない。
それで、十分だ。
「では、決まりだ」
静かに言い切る。
そして。
こちらを見る。
「リディア」
名前を呼ぶ。
今度は、はっきりと。
「君も来い」
命令。
だが。
拒否はできる。
私は一瞬だけ考える。
そして。
「承知しました」
頷く。
逃げる理由はない。
むしろ。
近づける。
そのほうがいい。
「ルーク」
「はい」
「ここは任せます」
「承知しました」
短いやり取り。
それで十分だ。
私は歩き出す。
カインの隣に並ぶ。
黒服の男が、後ろからついてくる。
その気配が、妙に心地よい。
味方ではない。
だが。
理解者ではある。
廊下に出る。
静かだ。
だが。
先ほどとは違う。
重い。
決定が下された後の空気。
「……面白い」
後ろで、男が呟く。
「一手で、ここまで動かすとは」
「事実を記録しただけです」
私は答える。
「そういうことにしておこう」
軽い返答。
だが。
その目は、鋭い。
そして。
カインが、足を止める。
振り返る。
こちらを見る。
「一つ、聞いておく」
低い声。
「君は、どこまでやるつもりだ」
問い。
だが。
確認ではない。
これは。
線引きだ。
私は、少しだけ考える。
そして。
「必要なところまで」
答える。
短く。
曖昧に。
だが。
逃げてはいない。
カインは、しばらくこちらを見ていた。
やがて。
小さく笑う。
「……いい」
それだけ。
だが。
理解した。
この先は。
完全に。
敵でもあり。
味方でもある。
その関係。
私は視線を外さない。
そして。
はっきりと理解する。
この章は。
終わりに近づいている。
だが。
物語は。
ここからだ。
一つの“正義”が、崩れました。
そして、新しい均衡が生まれます。
ここからは、誰が正しいかではなく、
誰が残るかの話になります。
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次は、“本当の主導権”がどこにあるのかが見えてきます。




