第12話 仕掛けは、噛み合う
――向こうも、見ている。
その前提が、ようやく“確信”に変わった。
だから。
次は、こちらの番だ。
「流します」
私は短く言った。
その一言で、空気が引き締まる。
「誤情報を、ですか」
ルークが確認する。
「ええ」
私は頷く。
「ただし、“半分だけ正しい情報”です」
完全な嘘は、すぐに見抜かれる。
だが。
半分が真実なら、相手は捨てきれない。
「対象は?」
カインが問う。
視線は鋭い。
試すというより、測る目だ。
「先ほどの識別番号」
私は答える。
「“三七”を含む取引」
断片情報。
それを、あえて強調する。
「その取引が、王宮内部で回収されたと伝えます」
「……回収された?」
「ええ」
私は淡々と続ける。
「“すでにこちらが把握している”と誤認させる」
沈黙。
理解が、静かに浸透する。
「……なるほど」
黒服の男が、小さく笑った。
「焦らせるわけですね」
「ええ」
私は視線を外さない。
「相手は、“隠しきれていない”と判断する」
そして。
「次の手を急ぐ」
それが狙いだ。
カインが短く息を吐く。
「……いい」
それだけ。
だが、それで十分だ。
承認された。
「では、実行を」
私は振り返る。
文官たちに視線を向ける。
「記録を一部公開します」
ざわめき。
「公開……?」
「限定的に」
私は訂正する。
「“漏れた形”で」
完全な公開ではない。
あくまで、“流出”。
「……どこまでを」
文官の一人が問う。
声は震えている。
だが、逃げてはいない。
「番号と、金額の一部」
それだけでいい。
「出所は?」
「曖昧に」
私は答える。
「意図的に不完全にしてください」
それが重要だ。
完全な情報は、警戒される。
不完全な情報は、飛びつかれる。
「……承知しました」
文官が動く。
指示が伝播する。
誰も無駄なことを言わない。
いい流れだ。
私は一歩下がる。
全体を見る。
そして。
待つ。
時間は、それほどかからない。
こういう情報は、早く回る。
意図的なら、なおさら。
「……動きました」
ルークが小さく言う。
視線は、廊下の奥。
伝令が走っている。
慌ただしく。
明らかに、通常とは違う。
「早いですね」
男が笑う。
「よほど都合が悪いらしい」
「ええ」
私は頷く。
そして。
その伝令を、あえて止めない。
通す。
そのまま。
――釣るために。
数分後。
別の方向から、足音が近づく。
今度は、重い。
そして。
止まる。
入口で。
「……リディア」
声が落ちる。
アルヴェルト王子だった。
場の空気が、一気に変わる。
誰もが息を止める。
私はゆっくりと振り返る。
「殿下」
礼はしない。
必要がない。
もう、関係は切れている。
「……何をしている」
低い声。
怒りではない。
焦りだ。
「業務です」
私は答える。
「記録の確認を」
「その結果が、これか」
王子の視線が、机の書類へ向かう。
そこにあるのは。
――流した情報。
「はい」
肯定する。
躊躇はない。
「これは、どこから出た」
問い。
だが。
すでに半分は分かっている顔だ。
内部からだと。
「記録からです」
私は淡々と答える。
「存在するものを、確認しただけです」
「……そんなはずはない」
王子の声が、わずかに強くなる。
だが、崩れてはいない。
まだ、保っている。
「殿下」
私は静かに言う。
「何を隠しているのですか」
場が、凍る。
誰も呼吸しない。
王子の目が、揺れた。
一瞬。
だが、確実に。
「……何の話だ」
「資金の流れです」
私は一歩、近づく。
「“三七”の識別番号に該当する取引」
王子の瞳が、わずかに見開かれる。
それで、十分だった。
当たりだ。
「……それがどうした」
声が低い。
抑えている。
だが。
間に合っていない。
「関係があるのでしょう」
私は続ける。
「今回の件と」
「……証拠はあるのか」
「必要ですか?」
一瞬の間。
王子の表情が、止まる。
そして。
崩れる。
ほんのわずか。
だが、確実に。
周囲が、それを見る。
空気が変わる。
正義の王子。
その像に、ひびが入る。
「……リディア」
低く呼ばれる。
名前。
久しぶりに、意味を持って響いた。
「それ以上は」
「なぜですか」
遮る。
躊躇はない。
「記録に残ると困るのですか」
静寂。
完全な沈黙。
誰も動かない。
王子だけが、そこに立っている。
孤立して。
そして。
ようやく。
「……違う」
絞り出すような声。
だが。
弱い。
説得力がない。
「何が違うのですか」
私は問う。
答えを求めているわけではない。
ただ。
“言わせる”ために。
王子は、口を開く。
だが。
言葉が出ない。
出せない。
それが答えだ。
私は一歩、下がる。
それで十分だ。
これ以上は必要ない。
すでに。
“崩れた”。
「……以上です」
私は静かに言った。
「本件は、引き続き記録します」
王子は何も言わない。
言えない。
そのまま、立ち尽くしている。
誰も、助けない。
それが。
現実だ。
私は背を向ける。
手帳を開く。
新しい行に、書く。
【王太子 関与の可能性】
インクが染みる。
その文字を見て。
確信する。
これは。
もう。
ただの調査ではない。
――断罪が、始まった。
最初の“崩れ”が起きました。
まだ完全ではありませんが、
確実に、ひびは入っています。
ここから先は、もう戻れません。
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次は、このひびがどこまで広がるかです。




