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「探索不適合」と捨てられた俺にだけ、全滅ルートが見えている  作者: IRIS


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第9話 記録された違和感

 分岐点に着いた。


 壁に照明ユニットが等間隔で並んでいる。等間隔が気になって目で測った。30センチくらいだと思う。正確に測る必要がないのに測った。「30センチくらい」だけが手元に残った。脳が暇だった。暇な状況ではないのに脳だけ暇だった。

 間宮が高橋の腕を再確認している。包帯の上から圧をかけて深さを測っている。こっちは正確に測っている。俺の照明測定との重要度の差が大きい。分かっていて照明を測っていた。


「続行できるか」

 ひばりが高橋に聞いた。

「問題ない」

 高橋が答えた。

 安堵した。安堵の中身を後から確認したら三つあって、三つ目が「高橋が動けなくなると俺への質問の密度が上がる可能性が下がることへの安堵」だった。一つ目と二つ目が急に薄くなった。打ち切った。


 間宮が処置を終えて立ち上がった。立ち上がる時に視線が俺の方へ一瞬来た。


 来た。


 笑顔を検討した。

「やましいことがある人間が()()()()()()している」に見える。無表情を検討した。

「やましいことがある人間が感情を消して()()()()()()している」に見える。会釈を検討した。

「やましいことがある人間が礼儀で印象を()()()()()()している」に見える。

三択全部「やましいことがある人間」が主語だった。主語が事実なので選択肢の方を変えられない。壁を見た。

 壁は何もしなかった。ありがとう。


「間宮」

 黒木が呼んだ。

「今のを何だと思う」

「たまたまじゃないですか」

 間宮が言った。語尾が「ですか」だった。断言が確認形で終わっている。黒木に「そうだよな」と言ってほしい目をしていた。

 たまたまではなかった。俺は知っている。知っていることが今ここで完全に無力だ。

 黒木は返事をしなかった。


 黒木の視線が来た。

「白城」

「はい」

 良い返事だ。「はい」には方向がない。

「さっきの。偶然か」

 「偶然です」は嘘だ。「偶然じゃないです」は自爆だ。「説明できます」も嘘だ。正確な答えは「偶然ではないが説明できない、説明できないのは言葉がないからで、言葉がないのはこの感覚に国が名前を付けなかったからで、名前を付けなかったのは存在しないと判定したからだ」だ。正確な答えが長い上に言えない。

「なんとなく」

 言った。今持っている中で最も正確に近い言葉がこれだった。「なんとなく」は逃げではない。逃げではないことを知っているのが今ここで俺だけだ。

「なんとなくで俺の足を止めたのか」

 繰り返された。弱くなった。変わらないが弱くなった。

 黙った。他の全選択肢より悪くなかった。消去法の残り物だ。


 三枝が咳払いをした。機能した。黒木の視線が外れた。

 外れた瞬間に肩の何かが落ちた。上がっていたことに上がっている間は気づかなかった。肩が俺より正直に状況を把握していた。正直な肩め。


 ひばりが隣に来た。

「傘、当たり前に持ち込んでいるんだね」

「登録してあります」

「そう」

 それだけで終わった。ひばりが二歩前へ戻った。

 傘を見た。今日三回目だ。三回とも黙っている。傘はこの試験に正規のルートで登録されている。今日ここにいる権利を持っている唯一のものが傘だ。主人が不法で傘が合法だ。傘よ。すまない。


 後方から端末の操作音が来た。断続的だ。入力が続いている。

 振り返らなかった。

 三枝が後方を一度だけ見た。俺を見なかった。それが三枝の答えだと受け取った。

 もし記録が積まれていった先に身元の確認が来たとする。白城悠真の記録を掘っていけば、白城悠真が三週間前に死んでいることが出る。死人に傘を持たせたのは俺だ。死人の代わりに入ったのも俺だ。設計者は俺だ。お前はもう少し考えろ。

 はい、すみません。

 考えた上で来た。来なければ見るだけで終わった。見るだけで終わることへの拒否が、来ることへの恐怖に勝った。今のところまだ勝っている。今のところは今のところだ。


 再編成の通知が来たのは班が動き出す直前だった。全員の端末が鳴った。俺のも鳴った。内容を読んだ。負傷者管理と進行均一化のため、次段階から班構成を再編するとある。対象に第三班が入っていた。理由として負傷と進行差が明記されていた。

 明記されていない理由を一つだけ考えて止めた。

 一覧を最後まで読んだ。第一班も対象に入っている。別ルートで今日ここまで来た班だ。整列の時に見た顔が浮かんだ。静かな目をした受験者がいた。氷室、だったと思う。氷室が今日の第三班について何を知っているかは分からない。知っている量が少ない方がいい。希望は軽い。


「再編か」

 黒木が言った。

「お世話になりました」

 言った。別れの挨拶として日本語的に正しい。正しいことを正しいタイミングで言えた。

 礼儀正しい男だ。白城悠真。

 黒木の顔が「何を言っているんだ」の顔だった。

 三枝が笑った。三枝だけ笑った。今日それで十分だ。


 班が動き始めた。六番手だ。来た時も六番手だった。今日一貫しているのがこれだけだ。

 前の受験者との間隔が来た時より広い。意識していない間隔の方が本音に近い。本音を本音と呼ばないことにした。

 三枝が斜め後ろについてきた。感謝が胃の辺りにある。渡せないまま歩いている。


 試験区画の出口手前で、冬月が前に来た。端末を持ったままだ。通過の際に端末の画面が一瞬だけこちらに向いた。

 文字が見えた。見えたと思った。見えたことと読めたことは別だ。通過が終わった。


 ただ。画面の上部に名前の形をした文字列があった。「白城」という文字だった。気がする。


 白城悠真が掘られている。


 確認していない。確認できなかった。ただ「白城」という文字列に今日この場所で別の読み方はない。別の読み方がある可能性を十秒考えた。来なかった。

 白城悠真は三週間前に死んでいる。掘っていくと死体がある。死体の向こうには何もない。俺はその何もない側に今いる。

 白城悠真はこれから、本人が生きていた期間より丁寧に調べられる。死んでから三週間でそうなった。生前にやってあげてほしかった。俺が言う話ではないが。


 今のところ、掘る方向と俺がいる方向は逆だ。

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