第10話 再編成即席パーティ
別れの挨拶に使える言葉を探した。
黒木に対して。間宮に対して。高橋に対して。それぞれ別々に探した。全部で3種類必要だ。見つかった言葉が全員分同じだった。「お世話になりました」だ。1種類しか生産できない工場だ。工場の設備投資が足りていない。でも今から増やしても間に合わないので既製品で出荷した。
「お世話になりました」「お世話になりました」「お世話になりました」
3回言った。3人とも違う顔をした。黒木が「ん」と言った。間宮が「たまたまだと思いたいけど」と言いかけて止めた。高橋が「お大事に」と言った。
お大事に。
俺が。
俺が「お大事に」と言われた。傷を負った人間に、傷を負っていない人間が「お大事に」と言った。方向が完全に逆だ。でも高橋はたぶん正しい判断をしている。この場にいる全員の中で今後一番お大事にしなければいけない状況にいるのが俺だ。高橋の「お大事に」は精度が高い。
「ありがとうございます」
受け取った。高精度の「お大事に」を受け取った。白城悠真として今日初めて本当のことを言われた気がする。
集合場所は来た道を少し戻った分岐の手前だった。石の壁に「集合点E」と書いたプレートが打ってある。
Eだ。
アルファベット順だとするとAからDまで先にある。使われたのか使われていないのかは分からない。使われていないとしたら今日の試験でA・B・C・Dの4点が稼働していないことになる。使われているとしたら今日の試験でA・B・C・Dの4点が稼働していることになる。どちらでも俺の現状は変わらない。変わらないことを確認するための計算を20秒かけてやった。脳が何かをしていないと不安になる性質だ。今の状況で不安になるのは人間として正しいので、脳が正しい方向に動いていると言える。褒めるべきかどうか迷った。
2人、既にいた。
片方が近くにいる。もう片方が少し離れて先の区画を見ている。近くにいる方が俺に気づいて視線が来た。
黒髪。短い。背筋が伸びている。整列のときに見た顔だ。視線が速い人だった。係員の動きを追っていた。係員より先に係員の次の位置を見ていた。今は俺を見ている。見られている。
「白城さん」
「はい」
「火乃宮ひばり。第一班、前衛担当だった」
「白城悠真です。後衛担当です」
後衛と名乗っていいかの確認を事前にしていなかった。傘が主武器の人間を後衛と呼ぶかどうかはカテゴリの問題で、俺の自己申告が「後衛」でも試験の正式分類が別の何かである可能性がある。「後衛担当です」と言った直後に「その分類でよかったか」という疑問が来た。来るのが1秒遅い。遅かったので飲んだ。
「ひばりでいい」
「分かりました、ひばりさん」
先の区画を見ていた方が振り返った。眼鏡。背が高い。立ち方に角がない。「落ち着いている」という印象が来て、次の瞬間に「落ち着いているように設計されている」という印象が来た。理由は分からない。2つ目の印象の根拠を探したが出てこなかったので保留した。
「三枝透。昨日は別ルートにいた。よろしく」
「白城悠真です。よろしくお願いします」
白城悠真として行った初めての「よろしく」の交換だ。場所が地下3層のダンジョン内だ。「よろしく」をする場所としての平均からの逸脱が大きい。でも「よろしく」の形式は正しく守られた。形式が正しければ場所への苦情は後回しにできる。後回しにした。
「なんでこの人がこっちに来るの」
ひばりが三枝に言った。俺への言葉ではなかった。でも俺が聞こえる距離で言った。
俺の存在を透明にした上での発言か、俺が聞こえることを込みにした発言か、どちらかだ。前者なら俺は今ここで透明だ。後者なら俺は今ここでメッセージの受信対象だ。透明と受信対象、どちらがましかを1秒考えた。透明の方がましだったので透明を選んで透明として立っていることにした。
「運営の再編だから」
「分かってる。分かってるけど」
「うん」
三枝の「うん」は情報量がある。「あなたの気持ちは否定しないが、状況は変わらない」という内容が1音に圧縮されていた。高効率だ。三枝の「うん」の圧縮率を尊敬した。尊敬している場合ではないが尊敬した。
ひばりが俺を見た。透明が解除された。
「第三班で何が起きたか、報告書で見た」
「生物の奇襲がありました。軽傷者が1名出ました」
「あなたが動いた、と書いてあった」
「はい」
「なんで動けたの」
「なんとなく」と言うか「なんとなく」と言うか「なんとなく」と言うかを選んだ。
「なんとなく」
言った。第三班でも使った言葉だ。「なんとなく」が俺の公式見解になっている。公式見解は繰り返すことで信憑性が上がるか下がるかどちらかだ。上がってほしいが下がっている気がする。
ひばりが黙った。「なんとなく」を否定しなかった。「嘘をつくな」とも言わなかった。「今それを掘る時間ではない」と判断した目だった。判断が速い。速い判断が、前衛の踏み込みの速さと同じ向きに出ている。
同じ向きというのは、いいことばかりではない。それはそれとして今は黙っておいた。
遠い集合点に、人が集まっているのが見えた。
5人以上いる。装備の配置が揃っている。並び方も揃っている。揃っている中に今、1人が歩いて合流していった。遠くて顔は確認できない。でも姿勢と歩幅が整列のときに見たものと同じだった。氷室という名前が出てきた。静かな目をしていた受験者だ。
あちらの班は5人以上、整っている。こちらは3人、まだ方向が揃っていない。
2つを並べた。並べると差が出た。差を数値化しようとしてやめた。数値にすると直視するものが増える。増やさなくていいものは増やさない。これは合理的な判断だ。逃げではない。逃げではないことを知っているのが今ここで俺だけだ。
改めて3人を確認した。
ひばりが前を向いている。三枝が端末を確認している。俺が後ろで立っている。
頭の中で班を動かした。
ひばりが動き出す。速い。判断が速い分、踏み込みが確認より先に来る。三枝が続く。ひばりの速度に合わせようとして1拍遅れる。俺が続く。三枝との間にもう1拍ずれる。
2拍ずれたまま狭い通路に入る。
ひばりの判断が後ろへ届かない。ひばりが先に踏み込んで、後ろが形を作る前に接敵する。
見えた。
敵の位置より先に、連携の壊れ方が見えた。見えてしまった。見えた情報をどこへも出せないまま3人目として立っている。
透明として立っていることにしたはずが、余計なものが見えている。透明なのに視力だけある。不便な透明だ。透明よ。もう少し徹底しろ。
「行こう」
ひばりが言った。
「はい」
班が動き出した。3人だ。
前の2人の間隔が、今のところまだ健在だ。今のところは今のところだ。そしてその「今のところ」が、俺には思ったより短く見えている。




