第11話 隊列、という名の幻
通路が細くなった。
ひばりが先を行く。三枝がその後ろ。俺がさらにその後ろ。ひばりと三枝の間が半歩、三枝と俺の間が一歩以上ある。
集合点で一度計算した通りだ。答えが変わらなかった。
詰む細さだ。詰む前提で歩くことにした。人生だいたいそうだ。
ひばりの速度と俺の予測に誤差がない。予測的中だ。
嬉しくない。予測の中に「俺が一番遅れる」も入っていたからだ。
分岐が来た。右と左。
ひばりが右を向いた。プレートの番号通りだ。正しい。
俺は左を見ていた。地下には常時音がある。石と水と換気と足音だ。左の奥だけ、その音の混ざり方が違う。何かがいる。
「右へ」
動きながら左を最後に見た。気配が一つから二つになっていた。
偶然であってほしい。でも「あってほしい」と祈りながら確認するのは、たぶん一番精度の悪い確認方法だ。
右ルートは広くなった。ひばりが止まって端末を出した。
左の壁を見た。石の接続部分がわずかにずれている。なんか変だ。今日だけで「なんか変」が三件ある。全部処理できていない。窓口が俺なので仕方ない。
鞄を確認した。折りたたみ傘がある。よし。次。
「行く」
3人で動いた。壁の隙間を通り過ぎた。見た。何もいない。
何もいないことを確認するのが今日何回目か数えようとしてやめた。数えても変わらない。こういう判断だけ速い。役立て方が分からない。
角を曲がった直後、唸りが来た。
低くて小さい。空気を後ろへ引っ張るような音だ。
ひばりが止まった。装備に手が触れた。前を向いた。一秒かかっていない。三枝が壁側に寄った。速い人たちだ。俺の周囲だけ平均速度が高い。俺が下げている。統計的に見ると俺はこの班の数値を毀損している。統計に申し訳ない。
止まって音を測った。右前方、低い、膝から腰の間の高さ、体積が小さい。
「待って」
口から出た。止める前に出た。出た言葉を口に戻す技術が俺にはない。必要な技術だったかもしれない。今から習得しても間に合わない。
ひばりが振り返った。
「何が見える」
「右前方、低い。膝から腰の間くらい。小さい。1匹か複数か分からない」
1秒前より精度が上がった。1秒前の俺に教えてやりたい。1秒前は遠い。
「三枝、右壁。白城さんは」
「後ろを持ちます」
言ってから「後ろを持つ」を定義していなかったことに気づいた。使ってから気づく。今日何回目か数えようとして、数えるのをやめた記録がすでに三件ある。記録だけは正確だ。
後ろを向いた。
暗い。聴覚と嗅覚を加算した。全感覚を動員した結果が「たぶん何もいない」だ。全力でたぶんだ。全力を出してたぶんしか出ない。出力装置に問題がある。
「いた」
ひばりの声が来た。振り返った。
壁の隅に茶色いものが丸まっている。大きさが犬だ。正確には犬ではないが、今ここで正式名称を俺は持っていない。暫定・犬。後で調べる。後で調べるリストが今日だけで四件になった。「後で」が渋滞している。
「1匹だ」
ひばりが言った。俺も1匹と判断した。一致した。今日初めて。記念日だ。場所が地下だ。地下記念日。
「怯えてる」
三枝が言った。体の中心を守って面積を減らしている。怖がっている生物の形だ。三枝が正しい。
怯えている生物を前にして、俺も似た状況にいることに気がついた。地下に潜って、壁際で、できるだけ目立たないように歩いている。暫定・犬と俺、精神的な姿勢が近い。仲間意識が湧いた。湧かせている場合ではない。
ひばりが距離を戻した。三枝が続いた。俺は後ろを確認した。何もいない。たぶん。
「行く」とひばりが言った。受け取った。受け取った内容が「行く」という事実だけで、どう動くかの情報が入っていない。
入っていないので動き始めてから考えた。毎回これだ。口と足が俺より先に生きている。
確認していないまま、班が動いている。3人で動いている。
見た目は悪くない。ひばりが前を行く。三枝が続く。俺が後ろにいる。形だけ見れば班だ。
でも俺には分かる。ひばりの判断が後ろへ届いていない。三枝が届く前に動いている。俺は届いているかどうかも確認できていない。
3人がそれぞれ別々に動いている。たまたま同じ方向に向かっているから、班に見える。
これを今のところ「まだ大丈夫」と呼んでいる。
呼び方が合っているかどうかは、詰まった時に分かる。




