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「探索不適合」と捨てられた俺にだけ、全滅ルートが見えている  作者: IRIS


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第6話 扉の向こう

 通過した。

 端末が「ピッ」と鳴り、係員が「どうぞ」と言った。俺は「ありがとうございます」と言って中に入った。白城悠真として俺が行った初めての行動が「ありがとうございます」だった。礼儀正しい男だ。白城悠真。好感が持てる。


 荷物預けで折りたたみ傘を見せると「携行品として登録を」と言われた。端末にピ、で通った。この試験、何でも通るんじゃないかと思ったが、俺のことを言っているので不安だ。


 中に入って3秒で理解した。格が、違う。

 床の継ぎ目が見えない。非常灯が均等だ。「ここで死なせません」という国家の意思が建築に宿っている。俺は今、国家に捨てられた人間として国家の最高設備に立っている。この構図の歪みがおもしろすぎて笑いそうになった。こらえた。白城悠真は動じない男だ。たぶん。



 受験者が100人弱いた。

 上にいるやつは見ただけで分かった。誰かが通路を横切ると周りが無意識に半歩避ける。声も睨みも出していないのに場が動く。俺にはこの磁場の作り方が生まれながらにできない。今日は別の用件で来ているので関係ない。


 一人、熱がある女がいた。

 短く切った黒髪、日焼けた首筋、腰に手を当てて仲間らしき数人に何か言っている。言葉は聞こえないが声の張りだけ届いた。腹から出ている声だった。前に出る人間の声だ。話しかけた相手が全員少し姿勢を正している。本人は気づいていない。気づかないまま人を動かしている。

 火乃宮ひばり、と名札に書いてあった。名前まで速そうだ。


 3メートル隣に、静かな男がいた。俺も後天的に目立たないようにしているが、こいつの目立たなさは天然物だ。養殖ではこの種類は出ない。名簿で見た名前を思い出した。氷室、だったはずだ。字面から圧が出ていた。


 壁際のスタッフの中に一人、ロビー全体を均等に見ている人間がいた。その目が俺の上で1秒止まった。0.7秒は「認識した」だが、1秒は「もう少し確認が必要だ」の長さだ。昨日自分がやったので分かる。冬月司、とスタッフの胸章に書いてあった。監督官だ。胃が動いた。正直な胃め。



 地下のステージングエリアへ降りると空気が変わった。石の粉の匂いがした。ダンジョンの匂いだ。身体が先に知っている。



 運営の担当者が、迷宮生物の基本情報を読み上げた。

 小型犬型。体長40から60センチ。群れで動く。単体の攻撃力は低い。

 犬か、と思った。


 問題になるのは個体の強さじゃない、と担当者が続ける。狭い通路で群れると死角ができる。隊列が崩れると攻撃対象が分散する。判断が一拍遅れると後衛が詰まる。詰まったまま群れに入ると、逃げ場がなくなる。「特に中央通路ルートでは注意を」で締めた。

 ダンジョンには、人間が横に並べない幅の通路がある。そこで犬に出られると、前衛が対処している間、後ろは何もできずに縦一列で待つだけになる。待っている間に横から別の群れが来たら、その時点で終わりだ。弱い相手でも、場所が悪いだけで詰む。


 俺たちは中央通路ルートの班に振られた。後衛に入りながら、班のメンバーの立ち位置と癖を無意識に拾い始めた。前衛の重心、後ろへ下がる癖のある人間の呼吸、前に出たがるやつの踏み込み。やり始めると止まらない。止め方が分からない。今日は役に立つので今日に限っては歓迎している。



 扉の前に全員が並んだ。

 金属製の扉で、通気口から地下の空気が漏れている。乾いた空気だ。俺の体がその方向を嫌がっていた。体の嫌がり方は7割信用している。残り3割は誤報だ。今どちらか、判断できないまま扉の前に立っている。誰かに聞けたら楽なんだが、「すみません俺の勘って当たってますか」は会話として成立しない。


 開く直前、班の一人が半歩早く前に出て、後ろの列がそれに引きずられて右へ寄った。このまま最初の曲がり角を全員同じ速度で抜けようとすると、後衛が詰まる。詰まった位置で犬が出たら止まれない。止まれない後衛が何になるかは、「注意を」で聞いたばかりだ。

 俺は傘の石突きで隣の足元を軽く叩いた。「すみません、前詰まりそうなんで、左寄りに」と言って半歩動く。後衛が開いた。手が動いてから口が動いたか、その逆かは分からなかった。俺の各部位の独立性は高い。将来バラバラになっても各自でやっていけると思う。


 会場の端から視線があった。端末を持った人間だ。冬月だ、と気づいて目を逸らした。見なかったことにしたかったが、向こうはもう見ていた。俺が目を逸らした事実も含めて端末に入っている気がした。胃が再び動いた。さっきも動いたのに、元気な胃だ。



 扉が開いた。

 地下通路の空気が来た。空調で説明できる冷えではなかった。生きているものが長くいた場所の空気ではない、そういう温度だ。


 班の誰も、立ち止まらなかった。

 俺だけが一拍、止まりかけた。体の嫌がり方が7割だったか3割だったか、答えが来た感じがした。

 良くない答えだった。

 まあ、3割が正解だったためしも今のところないんだよな、と思いながら歩いた。

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