第3話 パーティ追放
カツ丼は食べた。食べきった。勝つと書いた飯はちゃんと腹に収まった。胃は真面目だ。俺の感情がどれだけぐらついていても、胃だけは「入力:食べ物、出力:消化」を誠実に繰り返す。胃を見習いたい。見習い方が分からないが。
待ち合わせは訓練棟の裏、搬入口近くの空きスペースだった。本部でも事務室でもなく、誰も来ない搬入口の裏というのが既にいくつかのことを示唆していた。受け取る情報量が多い。一つずつ処理することにした。
瀬名と夏目と桐生が、すでに3人で来ていた。 3人が先に来ていた。俺が時間通りで相手が先着しているとき、大抵は相手の側に「準備がある」という意味だ。「自分たちの側に確定している何かがある」という意味でもある。3人が俺より先に来ているという事実が、今日のこの場の性質をかなり説明していた。説明しきっていた。残りはほぼ確認作業だ。
夏目が「来てくれてありがとう」と言った。 夏目は優しい。優しい人間が感謝を言うと、それ自体が罪悪感に変換される構造になっている。夏目のせいではなく、構造のせいだ。優しさは罪じゃない。分かってはいる。分かっているが、「来てくれてありがとう」の5文字には、俺がここに来るかどうかを相手が不安に思っていた時間が入っている。その時間を俺に使わせてしまったことを俺が申し訳なく思うという、因果の向きがよく分からない感情が発生した。整理は後でいい。
瀬名が「ごめん」と言った。
最初の言葉が「ごめん」だった。謝罪から始まる切断というのは、相手が誠実だということだ。誠実な切断は、そうでない切断より傷の形が真っすぐになる。真っすぐに入った傷は最終的に綺麗に塞がるという話もある。どこかで読んだが出典は忘れた。俺は今それを検証中だ。
話の内容自体は短かった。
制度上、不適合判定を持つ構成員はパーティ登録から外す必要がある。外さないとパーティ側の許可証等級に影響が出る可能性がある。これはパーティを守るための判断であり、個人への評価ではない。今後の支援については個別に相談に応じる。
以上だった。
論理の骨格に穴がなかった。感情的な攻撃もなかった。俺を貶める言葉が一つもなかった。その代わり、「これは正しい処理だ」という揺るぎない地面が全文の下に敷かれていた。正しい地面の上に立った正しい切断だった。反論の角度がどこにもなかった。
「分かった」と言った。
自分の声が予想より普通だったので少し驚いた。ここで普通に返せる自分の処理能力、やっぱり高い。高いのか低いのか、判断基準がないのでどちらとも言えないが、泣いたり黙ったりしなかったことは確かだ。「大丈夫」とも言わなかった。大丈夫と言える確信がなかったので、言わなかった。これは誠実さの勝利だ。
桐生がまた何か言おうとして、止まった。
止まった顔を見た。「言えることがない」の顔だった。慰めの言葉は嘘になる。励ましも今は機能しない。何も言わないことが唯一正直な選択肢で、桐生はその選択肢を選んだ。桐生は賢い。賢い人間が黙っているときは、その沈黙が一番重いものを運んでいる。
「カツ丼食べてきた」と俺は言った。
3人が少し変な顔をした。空気が0.5秒だけ違う方向に動いた。
「食べてきたなら、今日は大丈夫そうだな」と夏目が言った。
そうだ。俺が「カツ丼食べてきた」と言えるうちは、俺はまだ稼働している。それで十分だ。十分かどうかは分からないが、とりあえず今日の俺は動いている。
3人が先に帰った。
搬入口の裏のスペースに俺一人が残った。ここは風の通りが悪い。夕方前の空気がそのまま溜まっていた。さっき食べたカツ丼の重さが、腹の中に正直にある。腹は正直だ。胃も正直だ。俺の体の各部位は誠実に機能している。頭だけが今、少しノイズが多い。
立ち上がって、搬入口の前を通り過ぎようとした時に気づいてしまった。
搬入口の扉が、半開きになっていた。
半開きの扉というのは普段気にしない。気にしていない。今日の俺の感度がおかしい方向に振れているせいで、半開きの扉の向こう側が気になった。覗くつもりはなかったが、足が先に半歩近づいた。
扉の隙間から台車が見えた。
台車の上に、書類の入ったコンテナが積まれていた。コンテナに仕切りがある。仕切りの一つに書類が挟まっていた。書類が一枚、仕切りからはみ出していた。
はみ出した書類の端に、名前と受験番号が印刷されていた。
S級試験の受験者フォームだった。
係員らしき人間が2人、扉の奥でやり取りしていた。声だけ聞こえた。
「3番のやつ、今日中に仮処理でいい?」
「上から指示待ち。とりあえず封してこっちに回せって」
「搬送先はどこ?」
「聞くな。書いてある方に送ればいい」
俺の足が止まった。
「3番」というのが何を指すのか分からない。分からないが、搬送先を聞くなという指示と「書いてある方に送ればいい」の組み合わせには、生きている人間の搬送先ではなく、書類の処理先という種類のそれを連想させる響きがあった。連想の話だ。確証はない。確証がないのに、背筋に重力と逆の何かが走った。
台車が動いてコンテナが揺れた。
はみ出していた書類が、床に落ちた。
俺は扉の外に立っていた。扉の外から手を伸ばして、床に落ちた書類を拾えない距離ではなかった。 物理的には、拾えた。
「拾っていいか」という問いを、俺は0.3秒で処理した。拾う理由を考えるより先に、拾わない理由を探した。ない。「通りすがりの一般人が落ちた書類を拾って係員に渡した」は自然な出来事だ。問題になる要素がない。問題になる要素がないことを確認した上で、俺は扉から身体を半分入れて書類を拾った。
係員が気づいた。
「あ、落としましたよ」と俺は書類を差し出した。
係員は「すみません」と受け取った。受け取る前の1.2秒、俺は書類を持っていた。
名前が見えた。
受験番号が見えた。
備考欄の端に、「本人確認書類・照合済み」の小さなスタンプが見えた。
その右隣の欄に、赤いインクで2文字が書かれていた。
係員が書類をコンテナに入れた。
「ありがとうございます」と言って扉を閉めた。完全に閉まった。金属の扉が、完全に閉まった。
俺は搬入口の前に立っていた。
1.2秒の話だ。書類を持っていた1.2秒の間に見えたものが、頭の中に留まっていた。
赤いインクの2文字は「死亡」だった。
足が動いた。
訓練棟の裏から出て、人通りのある道に出た。陽が傾き始めていた。腹の中のカツ丼は、まだそこにある。
頭が動いていた。感情より先に頭が動くのは俺の癖だ。悪い癖かもしれないが、今は働いてくれていい。
死亡した受験者のフォームがある。照合済みのスタンプがある。S級試験の受験番号がある。
「本人確認書類・照合済み」というのは、つまり、試験システムの中に既に情報が通っている、ということだ。
「まだダンジョンに入れる道がある」という考えが、頭の中に現れた。
考えが現れた瞬間、胃が少し重くなった。
倫理的な問題として受け取った、という胃の反応だ。俺の胃は正直だ。
それでも、考えは消えなかった。
消えない考えを持ったまま、俺は夕方の道を歩いた。




