第2話 居場所の喪失
別室の処理が終わったのは、12時を少し回ったころだった。
受け取ったものが4つある。探索者仮登録の抹消通知。訓練機関アクセスコードの無効化確認書。ギルド連携IDの返納用封筒。一般就労支援窓口の案内チラシ。
チラシだけ、紙の質が違った。薄い。ふにゃっとしている。「あなたの未来はこちらです」と印刷された紙が、ふにゃっとしている。制度のメッセージ性が高すぎる。意図してないと思うが。
ロビーのベンチで4枚を順番に眺めた。アクセスコード停止、ID返納、どちらも想定内だ。淡々と受け入れられた。俺の感情の処理能力、意外と高い。と思っていたら「ダンジョンに入れない」の一行だけ、喉の奥のどこかに引っかかって流れなかった。排水口が詰まった。なんで他は流れてこれだけ流れないのか。感情に逆らえないのは人間の証明なので前向きに受け取ることにして、4枚まとめて鞄に押し込んだ。鞄が軽い。人生の節目なのに軽い。書類は重くあれ。
ロビーを出ようとして、足が止まった。
S級側のエリアが、金属パーティションで封鎖されていた。午前中は布1枚だったのに、俺が別室にいた2時間足らずで金属の壁になっている。仕事が早い。速すぎる。最初から積んできてないとこの速さは無理だ。「念のため金属パーティションも積んできました」と言える人間が運営にいる。その人間の念のための幅がすごい。尊敬と恐怖が同時に来る。
パーティション沿いに係員が3人、深刻な顔で端末を見ていた。深刻な顔にも種類があって、「書類が面倒」系でも「上司に怒られた」系でもなく、「本当に何かまずいことが起きている」系の顔だった。第3段階だ。3人全員が第3段階をしている。朝の転倒事故にしては、この仕切りの規模と人員と顔の深刻さが、合っていない。
係員の1人と目が合った。0.7秒で視線が端末に戻った。「認識し記録した」という種類の0.7秒だった。気のせいだといいが、今日の俺の感度はずっとおかしい方向に振り切れており、信用できない。
俺は小走りでロビーを出た。小走りにする必要はなかったが、背中に0.7秒の視線が残ってる気がして、消えるまで少し速く歩きたかった。
外のベンチで端末を開いた。
グループに通知が3件。1件目、夏目から「落ち着いたら連絡して」。優しい。落ち着いていることを前提にしないフォローだ。俺は今、腹が減っている方が先に来ているくらい落ち着いているが、それを返信に書くと文脈を読めていない人間になるので書かない。俺は文脈が読める。読めるが腹が減っている。両立する。
2件目、桐生からスタンプ。目に涙をためたキャラクター。ありがとう桐生。スタンプ1つ分の気持ち、スタンプ1つ分、確かに受け取った。スタンプ1つ分というのがどのくらいの量かは定義が難しいが、ゼロじゃないことは確かだ。ゼロじゃないことは大事だ。桐生はいいやつだ。
3件目、瀬名から。内容は外で確認済みだ。10時53分。結果が出る7分前。知っている。
問題は、その下だった。
同じ瀬名から、5分後に来ていた。
『悪い。多分そうなると思って先に話してる』
午前10時58分。
「確認したいことがあって」が来てから5分で、もう「先に話してる」になっていた。カップラーメンができる時間だ。なぜカップラーメンが出てくるのか自分でも分からないが、お湯を注いで待っている間に、俺の話は終わっていた。
怒っていない。全部分かる。分かるが、「先に話してる」という4文字が、喉の奥のどこかに刺さったまま抜けない。排水口の詰まりが、さっきより少し大きくなった。
「分かった。今日の後で行く」と返信した。カツ丼を食べてから行く。負けた日に「勝つ」と書いた飯を食べる文化に生まれて本当に良かった。腹を満たしてから清算に行く。これが今日できる最大の準備だ。地味だが確実だ。
帰り道に歩きながら事故を検索した。「S級試験 事故」「適性検査 搬送」、何も出てこない。出ないのが普通かもしれないが、あの金属パーティションの速さと深刻顔3人組を思うと「出さないようにしている」の可能性がある。担架の話も今さら気になってきた。転倒してから担架が来るまでが早かった。待機していたみたいだった。「念のため担架も積んできました」の人間と「念のため金属パーティションも積んできました」の人間が同一人物だとしたら、その人間の「念のため」リストが相当に物騒なことになっている。
掲示板を開いた。信頼性は低い。でも今は低い場所にしか情報がない。
書いてあった。今日の適性検査で上位受験者の1人が搬送後に意識不明・重体、という書き込みだった。
足が止まった。歩きながら止まった。物理的には矛盾しているが、足が先に止まった。
投稿時刻は、1時間前だ。
カツ丼、食べる。食べるが、喉を通るか少し自信がなくなった。




