第1話 探索不適合
2作目です。
よろしくお願いします。
蛍光灯の光が、会場の端から端まで均等に降っていた。
受験番号473番、黒瀬湊。
手元の紙にそう印字されている。番号を渡されたのは受付で、名前を確認したのはそのときだけだった。それ以降は番号だ。呼ばれるのも、並ぶのも、処理されるのも。まあ600人もいれば名前で呼ぶほうが無理だ。俺だって受付の人の顔は3秒で忘れた。おあいこだ。むしろ番号のほうが清潔感がある。黒瀬湊より473番のほうがなんかかっこいい気さえしてくる。してこない。でも473ってリズムがいい。4・7・3。語呂がいい。強いて言えば「死・な・散」か。縁起が悪い。縁起が悪いのに語呂だけはいい。人生みたいだ。今日に限っては特に。
国家適性検査の会場には、その600人以上がみっちり詰まっている。スポーツ施設を間借りした体育館で、折り畳み椅子が整然と並んでいた。みんなそれなりに緊張しているようだ。空気が固い。俺は今日の朝飯を抜いてきたせいで胃が先に固くなっており、緊張する前に空腹が来ている。本能が正直すぎる。これだけ重大な局面なのに、胃だけが「飯はまだか」と言っている。胃に国家試験の重みを説明する方法があれば教えてほしい。たぶん聞かないと思うけど。
検査そのものは1時間で終わった。身体測定に近い。専用機器に手をあてて、数値が出て、次の人。これで人生の方向が決まるわりに、あっさりしている。もう少しドラマチックな演出があってもよかった。係員が目に涙をためながら「君の未来はここから始まる……! 行ってしまえ……!」と嗚咽しながら背中を押してくれるとか。ないか。600人にやってたら係員が過労で倒れる。それはいけない。
俺の番になった。
「473番の方」
係員がタブレットに目を落としたまま言う。
「結果が出ました。探索不適合です」
「あー」
思わず声が出た。出てから、周りがちらっとこっちを見たのに気づいた。見るなよお前ら、次は自分かもしれないぞ。と思ったが、実際次の人は普通に適合していた。人ごとだった。宇宙の端まで人ごとだった。悔しい。
「すみません、もう1回言ってもらっていいですか。聞こえたんですけど、聞こえたくなかったので」
「探索不適合です」
「ありがとうございます。もう1回だけ——」
「探索不適合です」
「……確認できました」
係員が明らかに間を置いた。「こいつは何をしているんだ」という間だ。俺も何をしているんだと思った。3回聞いた。申し訳なさと不合格を同時に処理するのは思ったより難しい。
俺は列の横にはみ出した。まあそうか。そうなるか。なんとなく今朝からそういう気はしていた。というか昨日も先週も去年も、なんとなくそういう気はしていた。確信があったなら受けに来るなという話はある。でも来なかったら後悔したと思う。来て不合格になって後悔した。どちらに転んでも後悔する構造になっていた。設計者に文句を言いたいが、設計者は俺だ。お前はもう少し考えろ。はい、すみません。
メインホールに戻ると、空気が少し変わっていた。
不適合の紙を持っている人間には、誰も話しかけない。視線が少し滑る。磁石の同極みたいに、じわっとずれていく。意識してやっているわけじゃないのが分かるので怒る気にもなれない。人間というのは群れの生き物で、群れは自然と同じ属性で固まる。俺はいま「はじかれた側」の属性を取得した。嬉しくはない。でもまあ、希少性はある。前向きか。前向きじゃないか。
S級試験側の説明会が始まっていた。150人ほどが整列し、担当者に誘導されている。選ばれた側の空気は密度が違う。光量まで違う気がする。同じ体育館なのに。認知の問題だ。認知が現実を作る——などと考えていても、あっちに入れないことは変わらない。入場料1000円まで出す。不合格の日なので奮発する。意味は分からないが気持ちはそうだ。
そのとき、引っかかった。
引っかかった、としか言いようがない。向こうのエリアの入口付近、誘導ゲートのあたり。人の流れに、まだ固まっていない点がある。パズルのピースが1個だけ宙に浮いているみたいな、そういう感触だ。気になる。腹が減っているのに気になる。母親に「集中力がない」とよく言われたが、これは感度の問題だ。感度だ。今この瞬間に限っては、たぶん。
数秒後、ゲート付近で誰かがよろけた。
連鎖だった。前の人間が止まり、後ろが押す。小さな転倒。係員が走り、搬送の声が上がる。ざわめきが広がった。
あー、やっぱり。
俺は思わず1歩踏み出していた。でも踏み出したところで止まった。手元に3枚の書類がある。この3枚が「お前はここから先に入るな」と言っている。書類にそこまで言われる筋合いはないが、書類は正しい。紙に負けた。じゃんけんだったら勝てた。じゃんけんじゃないのに。
搬送されていく人間を目で追った。さっきまで真っ直ぐ歩いていた人間が、今は担架に乗っている。早く良くなってほしい。それはそれとして——見えていた。見えていたのに入れなかった。その2つが頭の中で並んで、うまく噛み合わなかった。
噛み合わない感じ、消化に悪い。腹が減っているのに余計に悪い。今夜はカツ丼にする。勝つ丼だ。負けた日にカツ丼を食う。それくらいは許してほしい。
端末が震えた。
パーティのグループ通話から履歴が1件。その前に、メッセージが来ていた。
送信者は、リーダーだった。
『今日の後で話せる? 少し確認したいことがあって』
俺は画面を見たまま、止まった。
送信時刻を確認する。
午前10時53分。
結果が出たのは、11時を過ぎてからだ。
その下に、もう1件来ていた。同じ送信者から。まだ開いていない。




