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「探索不適合」と捨てられた俺にだけ、全滅ルートが見えている  作者: IRIS


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第18話 照合

 次のブロックへ向かう通路は、待機エリアより少し暗い。

 照明が一段落ちた暗さで、天井が低くなる。ダンジョン内に戻る前の減圧区間、みたいな設計なのかもしれない。人間の心理を考慮した施設設計だとしたら丁寧だ。丁寧な施設に不法潜入している俺への配慮も含まれているかどうかは、含まれていないと思う。

 ひばりが先頭で、黒木が続く。俺は黒木の後ろだ。三枝と間宮は最後尾で、今日ずっとこの並び順で動いている。黒木の腕はまだ重いが、動いている。動いていると本人が言っているので動いているのだろう。動いていると言う人間が動いていないことは、まだ経験上確認していない。


「白城さん」


 声をかけられたのは、通路の折れ角を曲がった直後だった。

 振り返ったら、冬月司がいた。

 通路の壁際に立っていて、こちらを見ている。さっきまで待機エリアにいた人間が、なぜこの通路にいるのかは分からない。分からないまま存在している。冬月司という人間は、分からないまま存在するのが得意らしい。俺とは正反対の能力だ。俺は分からないまま存在することがあまり得意じゃない。

 ひばりが足を止めかけたのが視野の端に入った。俺は軽く手を振った。先に行っていい、という意味で振ったつもりの手が、ちゃんとその意味で届いたかどうかは、届いた前提で話を進める。ひばりが向き直って歩き出すのを確認してから、冬月司の方を向いた。


「少しよいですか」と冬月司が言った。

「はい」と返した。


 返してから、「はい」と「いいえ」と「何でしょう」の三択を頭の中で並べた。「はい」と言えば接触に応じたことになる。「いいえ」と言えば不自然だ。「何でしょう」と言えば会話を始めたことになる。どれを選んでも会話は始まる構造になっていた。すでに「はい」と言った後に気づいたので、並べる意味がなかった。俺の処理順序に問題がある。

 冬月司が端末を一度見て、顔を上げた。


「白城悠真さん、で合っていますか」

「はい」

「第二班所属ですね」


 第二班。冬月司の口から出ると、自分の所属がデータとして存在しているらしいことが分かる。分かった、という感触だけがあって、それ以外の感触はなるべく持たないことにした。


「はい」


「今日の試験、ここまで問題はありませんでしたか」


 問題、という言葉の定義が広い。迷宮生物との交戦は問題に含まれるのか。黒木の腕は問題か。俺の正体は問題か。問題の数で言えば多い。でも「問題はありませんでしたか」に「問題が多くあります」と返す受験者は、問題のある受験者に分類される。


「特には」と答えた。


 冬月司が一秒こちらを見た。


「班の交戦回数が、当初の想定より多かったようですね」

「そうですね」

「それに対して、負傷が少ない」

「運が良かったと思います」


 冬月司が少し間を置いた。間を置くことで何かを測っている気配がある。気配を測り返している俺と、俺を測っている冬月司が、お互いに測り合っている。測り合いの構造に気づいた瞬間、少しだけ笑いそうになった。笑いそうになったのを俺の顔面が正常に処理した。処理してくれた顔面に感謝している。


「運が良かった」と冬月司が繰り返した。


 繰り返す、という行為の意味が分からない。同意なのか確認なのか、それとも「そうは思っていない」という意思表示なのか。冬月司の顔は動いていない。動いていない顔から意図を読むのは、書いていない文章を読むのと同じで、書いていない部分は読む側が補うしかない。俺が補った意図が正しいかどうかは、冬月司本人に聞くしか確認できない。聞けない。


「そうでしょうね」と冬月司が言った。


 それだけ言って、視線を端末に戻した。

 会話が終わった、ということらしい。


「失礼します」と言って、俺は先へ進んだ。


 ひばりたちに追いつくまでの十数歩で、さっきの会話を頭の中で再生した。

 冬月司が確認したのは名前、所属班、今日の状況の三点だ。全部、端末を見れば分かることだ。端末を見れば分かることをわざわざ直接聞きに来た。わざわざ来た理由が、確認のためか、俺の反応を見るためか、あるいは両方か。両方だとしたら、俺の反応から何かを持ち帰った可能性がある。持ち帰られた何かが何なのかは分からない。

 分からないことリストの最新版が更新された。リストよ、これ以上ページを増やすな。

 言った直後に、言っても意味がないことに気づいた。リストが増えるかどうかはリストではなく状況が決める。状況に命令できる立場に今の俺はいない。


「遅かったですね」とひばりが言った。

「少し確認されました」

「係員の人に?」

「そんな感じの方でした」


 そんな感じ、は正確じゃないが、正確な説明ができる語彙を持っていない。冬月司が何者かを、俺は一言で説明できない。監視者、と言えば近いが近いだけで正確じゃない。正確じゃない言葉で説明すると、正確じゃない理解が相手に残る。正確じゃない理解を今のひばりに渡すことが良いかどうか、判断がつかない。

 三枝が後ろから来て、俺の少し後ろに並んだ。間宮がその後ろにいる。二人とも何も聞いてこなかった。聞かない、という判断を二人が独立にしているのか、それとも示し合わせているのかは分からない。どちらにしても、今の俺には助かる種類の沈黙だ。

 つかないまま歩いていたら、次のブロックの入口が視野に入っていた。

 扉の前でひばりが立ち、班全体に視線をやる。


「行けますか」


 誰も答えない。間宮が頷き、三枝がひばりを見た。

 黒木が先に扉を押した。



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