第17話 答え合わせ
このブロックの最終区画の出口は、拍子抜けするほど普通の扉だった。
鉄製で、横幅が人二人分くらいで、取っ手がついている。ダンジョンの奥で人間を試してきた施設の出口にしては生活感がありすぎる。「お疲れ様でした」とでも書いてあれば完璧だったが、そこまでのサービス精神は施設側にないらしい。残念だ。残念と思う余裕が今の俺にあることに気づいて、少し驚いた。
ひばりが扉を押した。外——というか、大きな待機エリアに出た。
天井が高い。照明が明るい。地面がコンクリートで、壁際にベンチが並んでいる。すでに何班かが戻っていて、座っているか手当てを受けているかのどちらかだ。
俺はとりあえず人数を数えた。全部で三十人前後。うちダンジョン内で負傷したと見えるのが五、六人ほどで、そのうち立てていないのが二人いる。二人とも担架の上だ。
担架は、嘘をつかない。
班ごとに係員が結果を記録していく仕組みらしく、俺たちの番が来た。
係員が端末を出して、班の状態を確認していく。探索証標の取得数、交戦回数、負傷者の状態。黒木の腕と間宮の腕、二名軽傷で記録された。
それから係員が少し手を止めた。
「この班、交戦回数に対して負傷が少ないですね」
ひばりが「そうですね」と返した。特に何も言い足さなかった。
係員も特に何も聞かなかった。端末に何かを入力して、次へ進んだ。
会話として三十秒もかかっていない。でも「交戦回数に対して負傷が少ない」という事実が、今端末の中に入った。記録に残った、ということだ。記録に残るというのがどういうことかを、俺は今日一日かけて理解しつつある。理解の速度が一日遅い気がしなくもないが、遅れた理解でも理解なので及第点で受け取る。
待機エリアの端に、冬月司がいた。
合流区画で見た時と同じ立ち方で、壁際に立って、端末も持たずに全体を見渡している。見渡しながら視線がどこにも止まっていないように見える——合流区画でそれが罠だと学んだので、今回は「ように見える」の部分を信用しないことにした。学習だ。白城悠真として今日習得した学習の一つ目だ。リストが増えた。盲点リストと学習リストが同時に伸びていて、管理が煩雑になりつつある。
俺は視線を別の方向に向けた。
ベンチに座って、周囲の班の状態を見た。
担架の二人のいる班は、明らかに消耗が大きい。立っているメンバーの顔色も悪い。交戦が長引いたか、想定外の遭遇があったか——どちらにしても、俺たちとは違う一日を過ごしてきたことは見た目に出ている。
違う一日、と言ったが、本当に違うのかどうかは分からない。俺たちが経験したことを別の班が経験していたら、同じ結果になった保証はない。俺がいたから今日の班の交戦回数と負傷数がこの数字になった、と断言できるかというと、できない。できないが、できないなりの感触がある。感触は証拠じゃない。でも感触がゼロじゃないことは確かだ。
黒木の腕の音を思い出した。あれは俺の盲点が出した音だ。それも記録の一部だ。
「白城さん」と三枝が隣に座った。
「はい」
「さっき、係員の人が言っていたこと」三枝が前を向いたまま言う。「交戦回数に対して、って」
「聞こえていましたか」
「聞こえていました」
三枝透という人間は静かで、踏み込みすぎない。踏み込みすぎないまま横に座っている。これが問い詰めなのか確認なのか、ただの雑談なのかが判定しにくい。判定しにくい角度からの会話を選べる人間だということは、以前から分かっていたが、改めて確認した。
「数字が出ると、残りますね」と三枝が言った。
「そうですね」と俺は返した。
三枝が少し間を置いた。
「悪い意味で言ってるわけじゃないです」
「分かっています」
分かっている。悪い意味じゃないことも、でもそれだけじゃないことも、両方分かっている。三枝は「数字が残ることの意味」を俺に向けて確認した。確認した側が何を受け取ったかを俺は知らない。知らないまま「分かっています」と返した白城悠真の回答精度として、これが適切だったかどうかは判定保留だ。
冬月司が動いた。
壁際から離れて、係員の方へ向かう。合流区画と同じ動きで、係員に近づいて、端末を確認する。今回は画面を一度だけ見て——それから、俺がいる方向を向いた。
距離がある。目が合ったかどうか確認できる距離じゃない。
でも視線の方向が、俺のいる場所だ。
俺は前を向いたまま、視野の端で冬月司の位置を測った。動いていない。立ったままこちらの方向を見ている。何秒かかかって、視線が外れた。
何を見ていたのかを、俺には判定できない。でも端末を確認してから俺の方向を見た、という順番は今日俺が確認した事実だ。事実の意味を決めるのは冬月司で、俺じゃない。
俺にできるのは記録することだけだ。
「次のブロック、準備できたら移動だそうです」とひばりが戻ってきた。
「黒木さんの腕は」と三枝が聞いた。
「動く、って言ってます。止めても動くので止めません」とひばりが言った。
黒木誠一という人間の評価が、今日のここまででかなり固まってきた。実直で、重くて、止めても動く。採点するなら高評価だ——前の区画でも同じ評価をしたことを思い出した。同じ結論に今日二回着地している。着地点が正しいのだろう。
俺は立ち上がった。
待機エリアを出る前に、もう一度だけ担架の二人を見た。
見て、前を向いた。




