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「探索不適合」と捨てられた俺にだけ、全滅ルートが見えている  作者: IRIS


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第16話 もう一手

 次の通路に入ってすぐ、俺は三か所を同時に見ていた。


 今の編成は、黒木が最前列で、ひばりがその直後、俺が中程、三枝が俺のすぐ後ろ、間宮が後方だ。前衛に黒木が入ったことで、前への圧力は前のブロックより厚くなっている。その分、俺から前方の視線が一枚遠くなった。得があれば失もある、という設計だ。設計したのはひばりで、悪くない判断だと思う。


 前方の折れ角、左の壁の継ぎ目、それから黒木の足運び。三か所を同時に見ているというのは正確じゃない。三か所の間を視線が高速で往復している、の方が近い。往復しながらそれぞれの状態を測っている。これが試験の採点項目にあったとして、「同時視野」みたいな名前がついているとして、俺の今の動作がそれを満たすかどうかは分からない。でも今は採点より先にやることがある。


 黒木の足が重い。


 重いというのは速度じゃなく、重心の位置が下がりすぎているという意味だ。下がっていると踏み込みに一拍余計にかかる。一拍余計にかかる人間が前衛の位置にいて、しかも折れ角の先に何かがいる、という状況の組み合わせが今起きている。


 折れ角の先の何かが動いた。


 同時に、左の壁の継ぎ目も動いた。


 二か所同時、また来た。前の区画と同じだ。今回も同じだ。試験の設計者は俺が前の区画の結論を忘れていると思っているのかもしれない。忘れていない。二本同時は無理だという答えはさっき出た。今回も同じ答えになる。



 黒木の足が止まる前に声を出した。


「黒木さん、半歩右に」


 黒木が振り返って、なぜ、という顔をする。なぜ、という顔で止まっている時間が一秒ある。


 その一秒が、問題だった。


 折れ角から小型犬型が出てきて——一体目が黒木の正面に向かいながら、その後ろからもう一体が続く。二体の連続突入で、二体目の軌道は黒木が半歩右へ動いた先に直撃する位置だ。


 計算が、外れた。


 半歩右は一体目を躱す指示として正しかった。でも二体で出てくることを俺は読めていなかった——折れ角の手前では一体にしか見えない。盲点だ。今日の俺に確定した盲点の一つ目で、リストが始まった。歓迎しない。


 ひばりが動いて一体目を弾く。


 俺は左の壁へ向き直り、継ぎ目から出てくる前のタイミングで石突を当てた。起こりが崩れる。


 二体目の方向を見たとき、黒木が腕で受けていた。



 骨が鳴る感じのする音が、一度だけした。


 大きくない。でも一度聞いたら分かる種類の音で、分かってしまった俺はその瞬間から黒木の腕の状態を脳内で先回りして確認し始めていた。黒木が腕を押さえながら下がる。表情を変えない。表情を変えないでいられる人間だということは知っていたが、こういう場面で改めて確認するのは、尊敬と申し訳なさが同時に来て処理が渋滞する。渋滞したまま俺は傘を構えていた。


「黒木さん」とひばりが駆け寄った。


「動く」と黒木が言った。


「確認させてください」と間宮が黒木の腕を取った。さっき自分が傷を負った人間が今度は別の人間の傷を確認している。三枝は間宮の背後で後方への視線を切らさずにいた。間宮律の処理優先度に「自分の傷」は含まれていないらしい。俺とは設計が根本から違う。設計の違う人間を見ていると、自分の設計書に何が書いてあるか確認したくなる。書いてあっても自分で書いたので信憑性が低い。



 俺は傘を持ち直しながら、さっきの一秒を頭の中で戻していた。


 黒木に指示を出した。黒木が一秒考えた。その一秒で二体目の軌道が確定した。俺の指示が一秒早く伝わっていれば、黒木は別の位置にいた。でも俺が二体で出てくることを読めていたなら、指示の内容そのものが変わっていた。


 どちらが先に来る問題かを考えた。指示の速度の問題か、読みの精度の問題か。


 両方だ。どちらかが解決していれば結果が変わった可能性があり、どちらも解決していなかった今日の俺の状態が、黒木の腕の音として残っている。白城悠真として俺が今日の試験に残したもの、という額縁に入れると、かなり重い。重いが、重さを測っていても軽くならないので次を考える。



「白城」と黒木が言った。


 振り返ったら、黒木が俺を見ていた。


「さっき、なぜ半歩右と言った」


 なぜ、という問いに答えられる語彙が俺にない。なぜと聞かれると毎回ここで詰まる。正確な答えは「来る前から分かったから」で、正確すぎて意味をなさない。


「一体目の軌道から外れると思ったので」


「思った、だけか」


 だけか、という問い方だ。「根拠があるはずだ」という意味か、「思っただけなら従う理由がなかった」という意味か、どちらで聞かれているか分からない。どちらで聞かれていても答えは変わらないので、同じ答えを返した。


「はい、思っただけです」


 黒木が一秒こちらを見て、視線を前に戻した。何かを言いかけて、言わなかった。言わない方を選んだのは黒木自身だが、言わなかった言葉の重さは場所に残る。残ったものの中で俺は立っている。重量感がある。黒木誠一という人間は、黙ることで圧を出す人間だ。実直で、真面目で、黙ったまま重い。採点するなら高評価だ。高評価の人間の腕に、今日俺の判断が残った。



「間宮さん、状態は」とひばりが聞いた。


「骨にはいっていない」と間宮が答えた。「動けます」


「無理は」


「言いません」と間宮が黒木の代わりに切った。黒木が小さく頷いた。


 チームの返答速度が前の区画より上がっている。正しい方向への変化で、変化の代償が黒木の腕と間宮の傷というのは受け取り方を工夫しても適切な値段には見えない。でも値段を決めたのはこのダンジョンなので、支払い先に文句を言うならダンジョンに言うべきだ。ダンジョンは聞いていない。聞いていない相手への文句は、言っても言わなくても結果が変わらないので俺は次を考える。


 前を向いた。通路がまだ続いている。


 続いているということは、まだ終わっていないということだ。終わっていない試験の途中に、今日の白城悠真は立っている。設計通りかどうかは分からないが、立っていること自体は確かだ。


 それだけは確かだ。



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