第14話 止まった一秒
合流区画というのは、要するに中継地点だ。
ダンジョンの折り返し地点に設けられた広いスペースで、複数の班が一度集まって、係員にIDを確認させてから次のブロックへ進む仕組みになっている。俺がその仕組みを問題視しているかというと、している。記録が残る。白城悠真として今日何回係員と接触したか数えようとして、途中でやめた。数えると気が重くなるので、数えない方が健全だという判断だ。健全な判断をしているのに状況が健全じゃないのはどこかで設計が間違っている。設計者は俺なので俺が悪い。
ひばりに続いて部屋に入って、まず天井を見た。高い。次に人数を見た。多い。最後に端末を持った係員を見た。2人いる。
それから、余計なものが目に入った。
冬月司が、壁際に立っていた。
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係員でも受験者でもない立ち位置で、ただそこにいる。端末も持っていない。メモ帳も持っていない。何も持たずに部屋全体を見渡していて、見渡しているのに視線がどこにも止まっていないように見えた。
ように見えた、というのが厄介な部分で、実際にどこを見ているかが分からない。分からないまま存在感だけがある。俺は即座に別の方向を向いた。壁を見た。壁に何もない。壁よ、何か貼っておいてくれ。視線を向ける口実が欲しかった。
「白城さん、先に行きますね」と三枝が言って係員の前に並んだ。ひばりはもう終わって戻ってきていた。
残ったのは俺だ。
最後に係員の前に立つということは、最後に記録が残るということで、最後に残る記録として白城悠真の名前がある。緊張するとか怖いとかじゃなくて、純粋に設計の問題だ。俺の設計が悪い。さっきも同じ結論に着地した。同じ結論に二回着地したということは、着地点が本当にそこなのだろう。
三枝が戻ってきて、行ってください、の目で俺を見た。
行きます。
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「受験番号と名前をお願いします」
「白城悠真です」
係員がIDを読み取る間、俺は正面を向いていた。正面を向きながら左後方の冬月司を視野の端に入れていた。見ているふりをしながら見ていないものを測る——今日で習得した技術だ。白城悠真として最初に身につけたスキルがそれで、試験の採点項目に「隠密行動」はたぶんない。あったら加点してほしい。
そのとき、何かが止まった。
音じゃない。気配でもない。もっと薄いもの——空気の動き方、みたいなものが、一瞬だけ変わった。変わった方向は左後方だ。変わったと気づいた瞬間には、もう元に戻っていた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」と返した。
体は普通に動いていた。声も普通に出た。ひばりたちのところへ普通に戻った。ただ頭の中で、さっきの一瞬が止まったままだった。
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左後方で止まりうるもの。冬月司の何か。呼吸か、視線か、思考か。俺が感知できるのは視線だけで、視線が止まったなら——俺を見た、ということになる。
確認はしていない。確認する状況じゃなかった。
根拠のない可能性を一個持ち帰った。お土産にしては重い。
「どうした」とひばりが聞いてきた。
「何でもないです」
ひばりが一瞬こっちを見て、すぐ前を向いた。何でもないとも何かあるとも判定しないまま保留にする目だった。あの目をされると地味に困る。疑われるよりはマシだが、完全に信じてもらうよりは落ち着かない。難しい位置に置かれている。難しい位置に自分を置いたのは俺なので、俺が悪い。今日三回目の同じ結論だ。
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壁際に第一班がいた。
視線が合った——と思ったら、合ったのは俺じゃなかった。氷室玲が見ていたのは、俺の少し後ろだ。
冬月司の方向だった。
氷室も見ていた。冬月を。
俺は氷室を横目で確認した。氷室は冬月を確認している。何かの連鎖が動いている感じがしたが、連鎖の起点が見えない。とりあえず氷室の顔を読もうとした。感情が薄い。何かを判断しようとしているが、気持ちが外に出ていない顔だ。
氷室が視線を戻したとき、今度は本当に俺と目が合った。
一秒。氷室が何も言わずに前を向いた。
何だったんだ。分からない。分からないことリストの最新追加分だ。リストよ、これ以上伸びるな。
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係員が次のブロックへの案内を始めたとき、冬月司が動いた。
係員の一人に近づいて、短く何かを言った。係員が端末を操作して頷く。冬月司が画面を一度だけ覗いて、元の位置に戻った。
十秒もかからなかった。
何を確認したのか、遠くて見えない。記録の確認か、受験者の一覧か、あるいは特定の誰かの情報か。特定の誰か、で止まると一人しか浮かばない顔がある。浮かんだことと事実は別だ。でも浮かんだことは消えない。
入口に向かいながら、一度だけ振り返った。
冬月司が、俺がさっきまでいた場所を見ていた。
俺が振り返ったことで目が合った。冬月司はゆっくり視線を外した。急いでいない。特に何もなかった、という動きだった。
特に何もなかった、という動きが、本当に何もなかったことを意味するかどうかを俺には判断できない。
判断できないまま、次のブロックに入った。さっきの一瞬がまだ頭の中で止まっている。




