第十七話「友の呼び声」⑦
市街地でそのような攻防が繰り広げられているさなか、鞍馬山の防衛線にてレジーナは、岩壁が崩れた砂塵のなか、仰向けで気を取り戻した。
高らかに舞う砂塵はいい目くらましになった。短いとはいえ気を失っている隙に、あの歪な花に襲われず済んだのはこれのおかげである。
「くっ……」
眉間にしわを寄せ、苦しげに上体を起こせば、白銀のアーキグスタフ<エスクード>も軋みを上げてその動きを再現する。
そして、自分の足先に視線が行ったその時、彼女はそこに倒れ伏す赤い機体を見て目を見張った。
「ジック!」
慌てて這い寄るが、ジックはぴくりとも反応を示さない。機体は背中の巨大な翼を根元のあたりから切り取られ、まるで型抜きされたかのようにすっぱりとした断面を見せている。
「あの光か」
シーカーリウスが放った光の障壁は、触れたものを消失させる。鮫の禍々しい口内や、花がその花弁から出すおびただしい牙と同じだ。その理屈は知れないが、あの敵の性質と翼の断面を見る限り、異空間へ飛ばしているようにレジーナは感じた。
ややあって、
「う……」
ジックは意識を取り戻す。
「しっかりしろ」
彼女は、痛みに震えながら身を起こすカウボーイに手を貸した。いまやジックの背に走る激痛は、両腕を肩から引きちぎられ、そこを火で炙られるような重苦である。
「どうして庇った」
レジーナはその厳めしい横顔に訊いた。
よもや庇われるとは思っていなかった。傷つくことも厭わず、ただがむしゃらに復讐を遂げようとしていたこの男に、まだそんな理性が残っていたとは、意外でならない。
だがそれは、ジック本人も同じらしかった。
「ハ……。なんで、だろうな」
視線も交わさずぽつりとつぶやき、顔に哀しい影を湛える。
どれほど憎悪の焔を滾らせても、この男の心根までは変わらない。変われないのだ。それこそアルマがともに生きたいと願った所以であり、その優しさに彼女もまた救われたのである。
研究所を逃げ出した時から、なにひとつ変わってなどいない。けれど、変える必要のないものも、確かにあるのだ。
(アルマ……)
ジックは首から下げたふたつの指輪を握り締めると、足元をもたつかせながらも立ち上がり、レジーナに背を向ける。それを目で追う彼女は、
「おい」
と、意を固めた様子のその背中を呼び止めた。
この男が向かうさきは言わずもがな、討つべき仇敵のもとである。しかし、飛翔する力を失ったいまの状態で立ち向かっても、なすすべなく餌食になるのは明らかだ。
イネッサといいこのカウボーイといい、己の行くべき道を定めたはいいが、ひたむきすぎる。
「無茶だ。ここは私に」
懲りずにそう制するが、ジックは、
「託されたものが、あるんだ」
と、静かに背中で言って歩き出す。その足取りはやはりおぼつかない。だが、
「それにな。あいつがいない世界にいても、俺には意味がない」
ジックの意志は固かった。
「早まるな。アルマはそんなこと望んじゃいない」
完全に自棄になっている。これでは無駄死にしかねない。レジーナは努めて落ち着いた声を向ける。
が、
「――わかってる」
そう言って振り返ったジックの足元を見て、息を呑んだ。
「お前……」
砂煙が横へ流れ、露わになる欠けた宝玉。フライハイトの左足の側面に埋め込まれた<ネビュラ・クォーツ>は、弱々しい輝きを放ち、表面の一部をきれいに抉り取られていた。
翼の破損が大きいばかりに、視界の悪さも相まってそちらに気を取られたが、その傷もシーカーリウスが放ったあの光によるもので違いない。自分を庇った時に負ったのは明らかだ。
「く……」
レジーナは歯噛みせざるを得なかった。誰よりも厚く大きい盾を持ちながら、このざまとは。二度も誰かに庇われるなど、そんな日和った者に落ちるのは我慢ならない。
だが、だからといって、この状況に光明を差すだけの策は持ち得ない。
レジーナは口惜しげに押し黙る。
すると、
「やつを仕留める方法はある」
ジックはそれまでの悪辣とした空気を改めて、不意にそんなことを言い出した。
そして、訝しく眉根を寄せる彼女に、
「頼みがある」
そうひと言、ある願いを申し出た。




