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第十七話「友の呼び声」⑥

 燃え広がる街並みを高台から見下ろせば、煌々と橙色に彩られるそのさまは、まるで祭りでもやっているような美しさであった。

 ここは東山山頂にある<青龍殿>、その近傍にある市内を一望できる大舞台である。板張りの床には際に沿って木でできた格子の手すりが流れ、そのさきには、視界を遮るものが一切ない。二百年ほど前の二〇一四年に建造されたもので、市内の地理を把握するには絶好の場所だ。

 逃げるにしても行くべき方向すら定まらないようでははじまらないと、九垓は高所を探し求めた結果、病院から南下したところでここに行き着いた。

 目指すは西側の海辺である。そちらからであれば大陸が近く、多少強引なれど、グスタフで海中を行き、上陸が可能だ。が、そもそも九垓はいま、自分がどの方角に向かって駆けたかすら把握できていない。

 いくら目を凝らせども、視界は山の峰々を越えられず、目立つ京都白城を中心とした火の海を望むばかりだ。しかし、市中を流れる川をたどれば、この国を囲むどこかの海には出られるのではないか。

 土地勘のない九垓はそんな当たりをつけるのだが、たとえ桂川をなぞり、淀川を伝い下ったとしても、そのさきにあるのは大阪湾である。望む西側の海とは真逆だ。

「さっぱりだな、こりゃ」

 大舞台の上に、九垓はどすんと腰を下ろしてあぐらをかいた。そして、さきほどクナイが掠めた左足の内側を確かめる。

(まわってきたな)

 傷は浅く出血も少ないが、問題なのは仕込まれた毒にある。ここに至る途上で違和感は覚えたが、どうにもこれは致死性のものではなく、単なるしびれ薬のようだ。そう見るのは、病院で相対した鍾馗の言動にある。

(あのジジイめ……)

 鍾馗はアービターを利用できるところまで利用し尽くすつもりだ。アーキグスタフとして戦力に組み込めないとなれば、その動力源たる<ネビュラ・クォーツ>だけを使えるよう生け捕りにする。だから、死ななければ四肢は不要、ということらしい。

「ま、俺には関係ねーけどなあ!」

 座した体勢からごろりと背を床に預ければ、地上の災禍などちっぽけに思えるくらい、途方もない数の星が瞬いている。ところどころ厚い雲に隠されているのが、疎ましいといえば疎ましいか。

 その空模様はどこか、いまの己に被って見える。自由の身になれた清々しさを抱きながら、なぜか手放しで喜べない、その心に。

 なぜそう思うのか。その理由を、全身を覆いはじめたしびれのせいにしたいところだが、それは違うと、業腹(ごうはら)ながらすでに答えは出ている。

 人間、長くしみついた「生き方」というものは、そう容易く変えられるものではない。なかには意味もなく意固地になる部分もある。あの修道女がいい例だろう。

「あいつ……」

 実に不愉快極まりない女であった。二週間あまりのつき合いだったというのに、よくもここまでぶつかり合えたものである。というのも、その「生き方」がまるで違うのだから、仕方がないといえば仕方がない。

 だが、しかし。

 ――ありがとう。

 砂漠に不時着したあの夜の、単純なその言葉はどうしてか、なんの抵抗もなくすっと胸の内に収まった。

 そして、

 ――危機に瀕した時にこそそばにいる。それを真に友と呼ぶのだ。

 なぜか鍾馗のその言が、耳にこびりついて離れない。

「まったく……てめえらの親玉はほんと、ロクでもねえな」

 九垓はとうとう現れた追手の気配に、ため息交じりに身を起こした。

 こんな時に思い出したくもない言葉だ。関わるべきではなかったと心底後悔するが、それももう遅い。こんな、惑いとも呼べる思考をするようになってしまった原因は、明確にそこにあるのだから。

 マシュー、剛三郎、イネッサ。彼らと紡いだこの関係性。そこにある、おそらく情とでもいうべき感覚を、なんと形にしたらいいか。

「――やれやれ」

 幻想的な星空から一転、その視界に広がるのは地獄と化した京都の街だ。

 距離を置いて背後に立つは、翳祇の忍が八名。その者らに、

「せっかく来てもらってわりぃけど、時間ねえから――」

 と、九垓は獰猛な虎が牙をむくように、

「死にてえやつからまとめてかかってこい」

 凄みを利かせて首をねじ向けた。

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