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第十七話「友の呼び声」②

「ショウキッ!」

 灯弥(とうや)は激昂した獅子のごとく怒声を上げた。

 しかし翳祇(かげるぎ)鍾馗(しょうき)は、首から血を吹き出し続ける朔夜の死体を横目に、なんら感情らしいものを覗かせず佇んでいる。それがますます灯弥を嚇怒(かくど)させた。

「貴様! そこまで国のほうが大事か!」

 叫び難じるが、

「繭の覚醒はならぬ! それをなそうとするならば、いかな子供とて容赦はせん!」

 鍾馗は頑としてそう返すだけだ。

 ならば、あとは拳を交えるのみ。いままさに跳びかからんと足に力を込めた灯弥であったが、その時、頭上に浮かぶ青い繭がひと際大きく胎動し、思い留まった。

 はたと見上げれば、繭は輝きを増している。

 ちょうどその頃、京都白城(はくじょう)の園庭では異変が起きていた。灯弥が脱ぎ捨て、そして麟寺の指示で回収された<アームド・ゼルク>の鎧のごとき装甲が、青き光を発しはじめたのである。

 コンテナから降ろし、これから地下に運び込もうとしていた兵たちは、みな顔をしかめている。そのうちに各装甲は完全に青い光の球へと変貌し、不意に夜空へと飛び去った。

 それらは、さながら流星のごとく夜天を翔ける。向かうさきにあるものは、そう、あの青い繭である。

 あたりが真昼のように明るくなるなか、灯弥らは、繭へと飛び込むその星々を見た。

 繭は発光とともに青い太陽となり、やがて、逆さになった花のつぼみのようにしぼむ。

 そして、つぼみはゆっくりと花弁を一枚、また一枚と広げだし、地上に向かって咲く、青き光の薔薇になった。

 大輪の中心から注ぎ落ちるは、数多の光の粒子である。そこに、緩やかに降下する青いグスタフの姿があった。しかしその機体は右腕の骨組みが露わになり、それ以外にも随所に破損が見られる。

(あいつは――)

 灯弥は久方ぶりの再会に目を見張った。その機体こそ、三年前、灯弥が手ずから海へと沈めた、青い繭の中身である。

 だが、破損は灯弥との戦闘によるものではない。あの機体ははじめからああだったのだ。だからこそ灯弥は単騎で相手をすることができた。

 しかし、今回はいささか様子が異なる。あれを目覚めさせるに至った、その引金となったのは、間違いない。神楽夜と朔夜だ。

 鍾馗は唖然としてその姿を見上げる。それはレジーナたちも同様である。

 と、天空の薔薇から、さきほど飛来した青い光の球が螺旋を描いて降りてきた。光は青い機体の周囲を廻り、破損した部位に吸いつくようにして、次々と集められていく。

「まさか」

 そう口にしたのは鍾馗だ。どう操っているかは知れないが、あの姉弟は、灯弥が不要とした<アームド・ゼルク>の装甲を用いて、繭の中身を補修しようとしている。

 それを可能としたのは、これまでの積み重ねにあった。幾度となくゼルクに意識を移してきたからこそ、その存在を感じられる。もはやどれほど離れていようとも、己の手足のごとく扱える。朔夜には、飛び交う装甲ひとつひとつが、まるで自分の分身のように思えている。

 散り散りになった己の欠片を拾い集めるように、朔夜は青い機体に装甲をまとわせていく。光だった装甲は取りつくなりその形を変え、美しい曲線を持つ青い甲冑となる。

 そしてその青き機体は、地上から睨み上げていた灯弥の真正面に降り立った。

 左右で非対称な前腕は<アームド・ゼルク>を思わせる意匠である。けれど、全身の出で立ちは鎧武者ではなく、青い西洋甲冑を身にまとう騎士のような――それでいて、司祭のような厳かさも兼ね備える印象だ。神楽夜が相対した、あの黄金の騎士にも通ずる造形がある。

 威風堂々たるその背中に、

「繭、が」

 と、鍾馗は愕然とした。

 一方で、対峙する灯弥は忌々しげに炯眼を射る。早々に覚醒へと至ったのは願ってもないことだが、いま目の前に立つのは、自身が望む破壊者ではないはずだ。

 その予感を肯定するかのように、

「イヴ・トウヤ、そしてカゲルギ・ショウキ――あんたたちは間違ってる!」

 と、神楽夜の糾弾の声が響いた。

 一層睨みを鋭くする灯弥に対し、鍾馗は心底不快そうに「なに?」と凄む。が、神楽夜は背中に寄せられる殺気などものともせず、

「過去にこだわって、結局なにも見えていない。見ようとしていない。あんたたちが目指しているのは、多くのひとが安らかに生きられる世のなかじゃないのか!」

 そう猛々しく断じた。

 その物言い、鍾馗とすれば納得いかないことこの上ない。

「どの口が言う! 貴様とて求めてきたのではなかったのか! いまに至るまでの己を!」

「そうだ、求めてきた。求めてきた……でも!」

 神楽夜は苦悩にしかめた顔を上げ、

「そのために、誰かを犠牲にするなんて間違ってる。自分が求めるもののために、なにかを犠牲にしなきゃならないなんて、間違ってる!」

 なおもそう突っぱねた。

「強欲な! 代償なくして対価は得られん! 貴様がこうして生きていられるのも、知らぬ犠牲あってのものなのだぞ!」

 鍾馗の言はもっともだ。しかしすかさず、

「そういう道があってもいいはずだ!」

 神楽夜は怒気に満ち満ちた顔を背後の鍾馗へと振り向けた。そしてそれを正面のゼルクに戻し、

「ないなら作る! 私が貫き通す!」

 と、眼前に右手を持ち上げ、握り締める。

 すると、青い機体の胸元に埋め込まれたネビュラ・クォーツが、呼応したかのように紫の光を放ちはじめた。

 それを見た鍾馗は半ば(おのの)いたようにあとずさる。次いで、

()()()め……」

 とつぶやくや、突如として暗い森のなかへと跳び退き、姿をくらました。

 それに気づいた朔夜が「姉ちゃん!」と声を上げるが、神楽夜は、

「――いまは、養父(とう)さんがさきだ」

 と、正面に立つ灯弥から目を離さない。

 そうするほかなかったのだ。鍾馗と言い合う間もずっとこの男のほうに体を向けていたのには意味がある。ひと言も発することなく仁王立ちする黒いゼルクは、こちらの懐に飛び込む機会を虎視眈々と狙っている。静かなる殺気を放つ養父はまだ、この期に及んで諦めてはいない。

 神楽夜はいずれ来る踏み込みに備え、そっと腰を落としはじめる。

 と、そこへ。

「あーららぁ。その手があったか」

 どこからともなく人を食ったような男の声がした。

 否応なく持ち上げられる一同の視線。それを一身に浴び、シーカーは身のまわりに白い数字の羅列を走らせながら、ひとり夜天に浮いていた。

 その男の姿に、まっさきに激情を滾らせたのはいうまでもない、ジックである。

「シィィカァアッ!」

 声を荒げた赤いアーキグスタフを、シーカーは嘲笑しつつ睥睨する。

 それから間髪入れず、遠巻きに爆発音が轟いた。シーカーが顔色を変えぬまま右側へと首をねじ向ければ、遠く街のなかで火の手が上がっている。赤々とした炎光が夜空を照らすその渦中には、頭にツノを、そして両腕に牛刀らしき刃を備えた巨大な影が佇んでいる。

「グラディアートル……!」

 空を泳ぐ水龍の目を借りたイネッサは、はっと瞼を上げると眼光鋭くその名を唱えた。

「へえ、見えるのかい?」

 地上にいる者たちからは、生い茂る木々が邪魔をしてその光景を見ることは叶わない。シーカーは街へ向けていた顔を戻し、

「時間稼ぎのつもりだったんだけどねえ」

 と、イネッサの<ハイドランジア>を興味深げに見下ろした。

 そんな余裕ぶった態度がジックの逆鱗に触れる。

「シーカーリウスッ!」

 怨嗟の声を上げ、ジックの<フライハイト>は矢のごとくたちまち空へ翔け昇る。

 相手が人の形をしていようとも、一切躊躇しない。ジックは手にした長すぎる細剣を鞭のようにしならせ、渾身の力を込めて斬りかかった。

 だが冷笑を浮かべるシーカーは、その身から放った閃光のなかにかき消える。

 刹那に現れた(くだん)の鮫は、ジックが腕を振り下ろす直前にその腹へ、持てる質量の全霊をかけ、鼻先から猛然とぶち当たった。

 凄まじい衝撃は、ジックの意識を昏倒させるに充分だ。目を白黒させるジックだが、しかし、ここは、妻の仇を討つという執念が勝った。

「シィィカァアア!」

 もはやその言葉しか知らぬ鬼と化した不死鳥は、鮫の鼻先に掴まったまま、全身をたちどころに炎で包み込んだ。

 狂った猛獣のごとき荒々しさに、それを地上から見上げるレジーナは思わず、

「ジック――」

 と深刻そうに眉根を寄せる。

 このままいけば、あの男の心はおそらく焼き切れる。たとえ復讐を果たせたとて、アルマが帰ってくるわけではない。ただ虚しさが残るだけだ。それはジックもわかっているはず。

 いまこの場で復讐の炎を燃え上がらせれば、それだけ、これから生きるために必要な大切なものを消し炭に変えてしまう。

 ――みんなを守って。

 アルマが託した「みんな」のなかには、当然ジックも含まれている。

「く……」

 レジーナは歯噛みした。灯弥がいる以上、神楽夜たちを放ってこの場を離れるわけにもいかない。この男はきっと、繭の中身であるあの機体を取り戻そうとするはずだ。もしそれが叶えば、事態は振り出しに――否、それよりも悪くなる。

(どうする)

 すると、

「行って!」

 前方に立つ黒いゼルクの背中越しに、神楽夜の声が響いた。

「行って。ここは私が」

 低く落ち着いた声色の神楽夜には、並々ならぬ覚悟が窺える。その意気にレジーナは首肯すら返さず、青い機体のうしろで膝をつくハイドランジアに「行くぞ」と目を配ると、赤い尾を引いて飛び去ったジックたちを追うべく、森のなかへと跳躍した。

 それに続くイネッサは去り際、心配げに神楽夜の背中へ顔を振り向ける。なにか声をかけるべきかと寸刻悩んだが、青き機体となった彼女の背後、その足元に無惨にも転がった朔夜の死体に、忸怩(じくじ)たる思いを噛み殺すほかない。そのまま静かに、レジーナを追った。

 花と化した青い繭が、光の粒子となって夜空に霧散をはじめるなか、その下では、地を走る炎の帯が、無音の戦場を照らし出している。そこに残された親と子は、互いに視線を逸らすことなく、真正面から向き合い続けた。

 一触即発の静寂。それをさきに破ったのは、娘のほうだった。

「頼みの繭はもうない。それでも、まだやる?」

 これで退けばよし。だが神楽夜も、そして朔夜も、そうなるとは毛ほども考えてはいなかった。

 案の定、返された答えは、

「ああ。いまは俺が繭だ」

 という、明確な敵対の意思である。

「それに――」

 続くその言葉に、顔つきをさらに険しいものにした神楽夜は、ゆっくりと息を吸い、下ろした両の拳を握り締める。

 その刹那、

「まだ方法はある」

 と告げたゼルクの姿がやにわに消えた。

 神楽夜はすぐさま飛び退き、首を傾かしげるように右に動かす。するとその左頬を、灯弥の貫き手が掠め斬った。

「そうまでして!」

 作り変えねばならないのか。

 灯弥が目指す世界は、強者と弱者の別なく、すべての人間が考え行動する世界だ。それはいい。だがそのために既存の社会構造を破壊し、混沌をもたらすことは、容認できるものではない。

 しかしここまで来て、この男が退くはずはなかった。

 繭の中身であるこの機体が神楽夜と朔夜の制御下にあるとするならば、それを排除することで本来の形を取り戻すかもしれない。そう見込んだ灯弥は、

「機会を与えると言っているんだ!」

 と凄まじい闘気を発露させ、紫電をまといながら数多の拳を繰り出した。

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