第十四話「生きて」④
とても乾いた音だった。
反動で尻もちをついた剛三郎は、銃口から上がる硝煙を呆然と眺める。
その我を失った顔が、なにかが砂地に倒れ込む音にはたと持ち上げられた。
「ぁ、ああ、あああんちゃん!」
跳び上がった剛三郎は半狂乱になりながら、砂を赤く染めるマシューのもとへと駆け寄った。
「あんちゃん! ごめん、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい! ごめんなさい!」
横向きにうずくまるマシューは左の脇腹を押さえ、脂汗を浮かべて顔を歪ませている。
「だ……いじょ、ぶだ。ごう――」
かろうじて絞り出すが、歯を食いしばり悶絶するさまはとてもそうは見えない。
すぐに手当がいる。しかし、足元で繰り広げられるその光景を、レジーナは魂の抜けた顔で見下ろしていた。
さして訓練していない少年の細腕で狙いが定められるはずはない。なにかの不運が重ならない限り、当たるはずはないのだ。仮に当たったとしても、自分は全身を鎧で包んでいる。たかだか拳銃一発で抜けるような守りはしていない。
しかし不思議なことに、発砲音がする直前になってマシューは駆け寄ってきた。そして彼が倒れているのは自分のうしろではなく、前だ。
「なぜ」
呆然とつぶやくレジーナに、
「わかり、きった、ことを……」
マシューは苦悶の表情でそう答える。
これ以上話をさせるのは酷だ。けれど、彼女は抑えられない衝動に突き動かされ、訊かざるを得なかった。
「八年ぶりに再会して、そんなことを言われて、いまさら私にどうしろと!」
その問いに被せるように、
「いまはンなことどうでもいいだろ!」
と、マシューの横で泣き崩れる剛三郎は絶叫をぶつけ、彼女を睨み上げる。
「どうでもよくはない!」
煽られて激昂したレジーナは武器を捨て、黒い兜をも地面に脱ぎ捨てた。
「どうしていまさら私の前に現れた! それもそんな惨めな姿で! あの頃のお前はどこに行った! 信念を持って進んでいたお前は!」
期待していた。希望だった。矜持を持って邁進するあの青年の姿が、なんの取柄もなく、飽き性で、親からも疎まれる自分にとって、手を伸ばしたくなる星だった。
そう在れれば自分は進んで行けると、確信を抱かせてくれた。
なのに。
「捨て、ては、いない」
徐々に弱まるマシューの声に、レジーナは昨晩の彼を思い出し、息を呑んだ。
――自分が納得できる正しさが、別のところにあっただけだ。
「道は、ひとつじゃ、ない。出会う、ことでしかっ……見つけ、られないものも、ある」
「あんちゃん喋っちゃだめだよ! 死んじゃう!」
サハラの砂は、溢れ出るマシューの命を吸っていく。
「出会う、ことで」
レジーナは当惑した様子で反芻した。
それはわかっている。否、わかっていた。マシューや灯弥と出会うなかで、自分のなかに変化があったことを自覚しなかったわけではない。
(でも、それは結局……自分に都合のいいところを切り取っただけだ)
なぜならそう、自分はあの場所から出られなかった。出ようとしなかった。ただ願うだけだった。
もし本当に変わりたいと望んでいたのなら、いつだってできたはずなのに。
理由は簡単だ。
「……甘えたんだ。なにも不自由はなかった。だから甘えた。自分のことを守ってばかりで、自分のことばかり考えて生きて」
唇をまたいで出る言葉は誰に宛てたものでもない。無意識だった。まるで自分に手を差し伸べるかのような、そんな口ぶりだった。
剛三郎の「あんちゃん!」と叫ぶ声が、彼女には遠く反響して聞こえる。
(すべてを投げ打ってでもそうする強さが、意志が――私には、なかった)
「レジ……ナ」
名を呼ばれ、彼女は我に返った。
「お前は、ひとりじゃ、ない」
マシューは最後の力を振り絞り、言葉を紡いだ。
――許してあげよう?
残響する言葉ともに景色がにじむ、その彼方に。
――もう話すこともできないのだから。
彼女は、亡き父母の姿を見た気がした。
いることが当たり前で、明日も、明後日も、そのさきも、なにも変わらないと、根拠もなくわかった気でいた。
いまでなくていい。いつか伝わればいい。けれど、逃げたその日は、もう来ない。
「それは――だめだ」
突如として鎧姿を解いたレジーナはマシューの傍らに跪き、白いブラウスの左袖を肩から引きちぎった。その横では剛三郎がむせび泣いている。
「こんなところで終わるのは許さないぞ、マシュー・ゲッツェン!」
うずくまるマシューを仰向けにし、その脇腹に裂いたブラウスの袖を両手で押し当て止血を試みるが、血はとめどなく溢れるばかりでまるで意味がない。
(足りないか!)
レジーナは肌着を露わにすることも厭わず、ボタンを弾けさせながらブラウスを脱ぎ捨てる。白いキャミソール姿になった彼女は、丸めたブラウスをどくどくと血が湧き出る傷口へ押しつけた。
「独りで逝くなど……!」
すでにマシューの意識は落ちている。
(くそ!)
グスタフになって運ぶという手もあるが、止血もままならないこの状態では乱雑過ぎる。なにより変身時の輝きが灯弥の注意を引きかねない。自分がどれほど信用されているか知れぬのだ。もし妨害に遭えば、助けられる機を失うことになる。
だが、
(迷ってる暇はない)
レジーナは隣で座り込む剛三郎に突として顔を向けた。
「ゴウザブロウ。怒鳴って悪かった。お願いだ。ここを目いっぱい押さえつけてくれ」
「わがっだ!」
剛三郎はしゃくりあげるのを堪えながら応じると、すぐにレジーナと交代する。
「グスタフで運ぶ。少々荒いが、手を離すなよ」
レジーナとて都合がいいことくらいわかっている。けれどいまは、自分の最後の家族である彼を救いたい。
しかし、事態は思わしくない方向へ進んでいた。
<ヴェントゥス>のほうから大地を鳴動させるほどの爆音が轟き、レジーナははっとして首をねじ向けた。




