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第十四話「生きて」③

 朔夜を険しく睨む灯弥に変わりはない。自分に向け放たれた銃弾は、それ以上の速度で割って入ったレジーナによって弾かれているからだ。そして、同時に斬り込んできたジック・ブレイズにも、一瞥すらやることはない。

 目視せずとも甘い剣筋であるのは手に取るようにわかる。即座に我流だと看破した灯弥は、身をわずかにうしろへ逸らすだけで縦の一閃を(かわ)していた。

 そこへまた銃声がする。

 なおも肉薄しようとするジックを抑えにかかろうと踏み込んだレジーナであったが、その銃声で標的を変えた。灯弥へ飛来する弾を難なく斬って捨てるや、砂上に立って狙いを定めるマシューめがけ、横薙ぎに盾を投げつける。

 横に回転しながら迫り来るそれにぎょっとしたマシューは、寸でのところで横に跳び、難を逃れた。

 が、受け身を取り損ね、砂地に仰向けになった彼に、夜光を浴びるレジーナの無慈悲な影がかかる。

 マシューは本能的に銃を向けた。しかし、腕を持ち上げた途端に鋭い衝撃が走り、銃はおもちゃのように明後日の方向へと跳ね飛ばされた。

 それを目で追う間もなく、マシューの首元に冷たい剣先が突きつけられる。彼に馬乗りになるようにして片膝を立てるレジーナは、うしろへ引いた右手を少しでも前に出すだけで、その命を終わらせられる状況にある。

 詰めだった。進むべき道を見失い、闇雲に放浪するしかできないマシュー・ゲッツェンなど、自分が追いかけていた理想ではない。それよりも、己のなすべきことのために行動する灯弥のほうが、よほど自分が追うに相応しい。

「レ、ジーナ……」

 マシューは逃れ得ぬ状況であるのもさることながら、胴を圧迫する彼女の重みに、その顔を苦悶に歪める。

 だが、答えは返らない。黒い鎧は静かに、冷酷に、いまだ血の味を知らぬ刃を向け続けるのみだ。

「在り方は……自分で、決められる。レジーナ」

 自分の言葉がどこまで届いているのか。それを知る余地すら、彼女は与えてはくれない。

 ――変わったな。家の名を捨てるなんて。

 <ヴェントゥス>のブリッジでそう言った彼女は、なにも変わっていなかった。修練場で出会ったあの頃からずっと、彼女の眼差しは憂いを帯びたままだ。

 満たされぬと自覚しながら、「どうすれば」とあがくことさえ手放した、諦めの目。

(そうか――)

 自分は家の名を継ぐことを使命として生きられただけ、まだよかったのだ。レジーナには、そんなすがれるものすらなかったのだから。

 正しくは、「すがりたくなかった」のだろう。なにを自分の芯に置くべきか、彼女はずっとそれを見定めようとして、けれど、彼女の父は待つことができなかった。

 足りなかったというほかない。たとえ親子という切っても切れない血の(ゆかり)にあっても、互いを知ろうとすることを避けてはいけなかったのだ。

 そう回顧するマシューの脳裏に、クラドノで再会した折に彼女が言った、責めるような言葉がよみがえった。

 ――どうしてここにいるかと聞いている!

(ああ)

 そう。

「――ずっと、いたのだな」

 マシューのつぶやきに、微動だにしなかった鉄仮面が、わずかに動いた。

 やるせない面持ちで見つめるマシューは、しかし、一転して烈火のごとく吠え立てる。

「ならば刺せ! ぶつけねば晴らせぬ想いというならば!」

 起き上がろうとするマシューの喉元に剣の切っ先が触れる。かすかに皮が弾け、鮮血が玉を作り浮き出た。

 たまらず鎧は身を引いた。

「どうした! 私はお前が目指した者、そして、それを置いて行った者だ!」

 あとずさる甲冑をマシューは鬼気迫る面貌で睨み、ゆっくりと起き上がった。

「だから、なんだ」

 ようやくレジーナは言葉を返したが、その声色は訝しげだ。けれど、マシューにとってそんなことはどうでもよかった。

「受け止めてみせる」

 勢いのままに言い切った。威勢のよさこそこの男の取柄である。

 レジーナは鉄兜の下で噴き出した。

「ハ。お前の器などたかが知れているだろう」

「そうだ!」

 断ずるや否や、マシューは悩ましげに、

「私にできることなど、たかが知れている。だからここにいるのだ」

 と、両の手に視線を落とす。

 しかしそれを、

「だが」

 とレジーナに戻した時には、眼差しは真摯な熱を帯びていた。

「そんな私にも、できることがある」

 その自信はいったいどこから湧いてくるのか。はったりの効いた物言いは実にこの男らしいが、従軍時代の彼を知らぬレジーナにとっては疑心をより強くするだけである。

 彼女が記憶するマシュー・ゲッツェンも確かに自信溢れる青年ではあるが、悲しいかな、いまの彼はどうにも胡散臭さのほうが勝る。それもそうだ。つい先日まで己を欺いてきたのだから、積み重ねた時間が醸す臭いはそう簡単に拭えるものではない。

 けれども、

「誰にでもできることなんだ、レジーナ」

 と訴えかけてくるマシュー・ゲッツェンに、レジーナはなぜか黙するほかなかった。

「言葉にしなくては伝わらない。しかし、それは伝える相手がいなくては成り立たない。どれだけ自分の想いを募らせようとも、言える相手がいなくちゃ意味がないんだ」

 この時、マシューの脳裏には忌むべきあの男の声がこだましていた。

 ――愚かでなければ手は取り合えないんだよ。

 クラドノの夜空に映像として姿を見せた、コルネリース・ハウトマンの言である。

 世界の三分の一を統べる男だというのに、ハウトマンは自身をも「愚者」と表現した。そしてすべての人間が同じ愚民である、とも。

 その意味がいま、マシューには少し理解できる気がした。

 立たねばならない。声を聴くのなら、その者の横に。

「だから、受け止める。お前は、私にとって最後の――家族だから」

 渡された言葉に、レジーナの唇が震えながら、かすかに開いた。

 だが、

「あんちゃんに近づくな!」

 出かかった心は少年の怒号に阻まれる。

「いいんだ剛三郎! 下がっていろ!」

 マシューが焦燥に駆られた視線を向けるさきには、両手で銃を構える剛三郎がいた。握られているのは、さきほどレジーナが弾き飛ばしたマシューの銃である。

 レジーナの右側に数メートルの距離を置いて位置取った剛三郎は、

「それ以上なんかしてみろ、撃つからな!」

 と、押し詰まった形相で叫んだ。

「剛三郎!」

 マシューの再三にわたる制止が耳に入らないのか、少年は、どこか気落ちしたふうに静観する黒い鎧だけを睨み続ける。

「あんちゃんは、オレやアニキやイネッサに、帰る場所をくれたんだ! だから……だから、オレも守る!」

 レジーナはそう叫ぶ少年に向き直ろうとしただけだった。甲冑が織り成すがちゃついた音がほんのわずか鳴った時――それと同時に銃声が一発、夜に響いた。

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