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第十三話「神が定めし運命なれど」⑧

「とりあえず、ここ使って」

 ビリエラは、全面が鼠色の金属パネルでできた片引きの自動扉が開くなり、うしろに続く九垓とイネッサにそう言った。

「これのどこがゲストルームなんだよ」

 九垓の悪態はもっともである。ふたりが通されたのは十二メートル四方の薄暗い大部屋だったが、なかは空き巣に入られたのかと疑いたくなるくらいに散らかり放題であった。

 腰のあたりで黒い帯が横に走る鼠色の壁沿いには、オリーブドラブや濃紺といった色の、抱えられそうな大きさの樹脂製らしきコンテナが、邪魔くさそうに寄せられている。せいぜい二段程度で雑に重ねられたそれらには、使い古されたさまざまな銃器が差し込まれ、まるで容量が限界に達した傘立てのようだ。

 そこから視線を下げれば、空の弾倉やたばこの吸い殻、土に汚れたどこぞの地図やらが床に転がっている。誰のものとも知れぬ血塗れの軍服まで放り捨ててある始末だ。

「仕方ないでしょうが。だいたい慣れてっしょ、アンタ」

 ビリエラは詫びる振りも見せず、部屋の中央にある長テーブルの上を片づけだしていた。載っていたコンテナを部屋の片隅に放り投げ、広げてあった書類を外に払うように除けて体裁を整えると、

「シスターもコーヒーでいい?」

 振り返りながら藪から棒にそう訊いた。

「え? あ、はい……」

 室内の目に余る惨状にどん引きしていたイネッサは、これ以上ない困惑の色を顔に浮かべた。

 ほかの隊員によってコーヒーが運ばれてきたのは、それからわずか数十秒後のことだった。はじめから段取りしていたと見える。つまり、イネッサに問うたのは挨拶みたいなものだった。

 イネッサは、適当に重ねて間に合わせの椅子としたコンテナに腰かけ、目の前に置かれたチタン製のマグカップを手に取った。その使い込まれ具合は相当だ。落ち着いた銀色は至るところに水垢のようなムラがあるし、カップ自体にへこみもある。別段、潔癖というわけではないイネッサだが、この部屋の状況も相まって、わずかに、口をつけることが躊躇われた。

 一方の九垓といえばなんのことはない。戦場では、こうしてカップで飲むことすら叶わなかったこともある。ごく普通に熱いコーヒーをひと口含み、そして舌を焼いた。

「なにやってるんですか」

 舌をちょいと出して顔をしかめる九垓に、イネッサは冷ややかな目を向ける。

「お前、根に持ってんだろ、それ」

「え?」

 呆けた面でいるイネッサだが、彼女が選んだ言葉には明確に、朝方のテントで九垓に言われた「なにしてんの、お前」に対する反撃の意図が感じられる。

 彼女はそれを意図せず実行したわけであるが、

(根っこ深ぇ)

 九垓はその執念深さに若干引いた。

「クガイ。襲撃は日没と同時にはじめるよ。アンタは先行して陽動役」

 言いながら、ビリエラは床に落ちていた汚い地図を拾い上げ、それを長テーブルの上に広げた。地図には、旧南スーダンの首都であり、今夜の戦地となるジューバー周辺が描かれている。

「まだこれ使ってたのかよ」

 九垓は呆れたついでに「もうこの辺まで砂漠来てんぞ」とマグカップの底で旧南スーダン国境の北側を指した。

 この地図は、九垓が少年兵時代に連合の基地を単独で壊滅させた際、燃え残ったもののなかから見つけた古い資料の一頁だ。いつの時代か特定できる記述は見当たらないが、いまでは連合に併呑されて消えた国々が数多く名を残している。

「ないよりマシさね。UCSに頼れば連合に勘づかれるし。それにさ、この地図、最後のほう見てないでしょアンタ」

「最後ぉ?」

 九垓はコーヒーを冷ましながら片眉を吊り上げた。

「ここも載ってたんだよ、結構詳しく。なんか、ほかのとこにもあるみたいでさ、同じのが」

 坊主頭の女は嬉々として未知なるものへの探求心を語る。

 そこでイネッサはひとつ疑問が湧いた。

「あの……ここって」

 ビリエラの言いようでは、レジスタンスが作り上げたものではないように聞こえる。

「さぁてねえ。死んだ婆ちゃんが子供の時からあったって言ってたっけなあ。正直、アタシらも全部探索しきれてないんだわ」

(じゃあ、あれは)

 入口で目にした「再生」の意味を含んだ<Renatus086>の文字。あれがビリエラたちと無関係なら、そこに込められた意図はなんなのか。

 思案顔でいるイネッサにビリエラは、

「あっちこっちに出口があって都合がよくてさ。グスタフは入るし、電源は生きてるし。そんでアタシらが間借りしてんの」

 と、さらりと言った。

「連合も知っちゃあいるんだろうが、地の利がねえからな」

「そういうこと」

 ビリエラは九垓の合いの手にそう返すや、地図上の一角を指差した。

「ここ。時間になったらこっから南に抜けて、やつらの目をうしろにやって」

「向こうの戦力は?」

 九垓は大して口をつけていないコーヒーを机上に置き、腕を組んだ。

「いま確認できてるだけで、<フォルクス>が十八。ほかにもグスタフがそれなりにいるみたいだけど、全部旧式だよ」

 かつてマシュー・ゲッツェンも乗っていた<フォルクス>は、連合が現在の主力としているグスタフの機種だ。汎用性が高く、装備品を変えることでさまざまな戦局に対応できるのが売りである。

 その配備は連合の主要な都市を中心に進められているが、十八機ともなればおよそ六個小隊、中隊の半分の規模になる。こんな僻地のたったひとつの基地に、それだけの数を優先して回しているあたり、連合にとって<ブードゥーの風>の脅威は無視できないものと察しがつく。

 だのに、

「ざっくりしてんなあ」

 九垓は指揮官たるビリエラの適当ぶりに嘆息を吐き、そして困ったように笑った。

 この坊主の性分は理解している。前線で銃を握らせたらピカイチだが、その逆はてんで駄目だ。銃の代わりに指揮棒など持たせた日には、全滅するのは目に見えている。誰かにやらせる時間があるなら自分でやる。ビリエラはそういう女だ。

 そんな輩がいまでは千人単位の人間をまとめているというのだから驚きしかない。

「大丈夫かよ、ホントに」

 小馬鹿にした調子で言いつつ、九垓は愉しげな顔をビリエラに向けた。

「さてね。ま、参謀役はちゃんといっから安心しな。そいつがこれから詳しい話をしてくれるよ」

 ビリエラは長テーブルに両手をついて前傾させていた上体を戻すと、

「カムシンが終わったばっかで、ここ数ヶ月、ろくな戦闘がなかった。向こうもそれなりに鈍ってるって思いたいねえ」

 言い終える間もなく長テーブルをまわり込み、イネッサに歩み寄った。

 なにをするのかと不思議そうな顔で見上げるイネッサを前に、ビリエラは冷たい真顔のまま腰のうしろに右手をまわす。

 そこにあるのは銃のはずだ。途端に脳裏をよぎった嫌な予感に、イネッサはマグカップを両手で包み込んだ状態で反射的に立ち上がった。その弾みで、椅子の代わりにしていた二段積みのコンテナが勢いよく背後に倒れた。

 ビリエラが背後にまわした右手を戻せば、そこには鈍い銀の銃身をした拳銃が握りしめられている。

「アンタ、銃は?」

「え?」

「銃、使ったことある?」

 ビリエラは拳銃のトリガーガードに人差し指をかけてくるりと回し、グリップ側をイネッサに向けると、手を内側に返しながらそれを差し出した。

 取れ、という意思の表れに、イネッサは困惑した顔を横に振る。

「な、ないです」

「ホントにただのシスター?」

 なんだか拍子抜けした様子のビリエラは、「コイツといるから、てっきり」と九垓を顎で指しながら銃を仕舞う。要は修道女に扮した殺し屋かなにかと勘繰ったわけだが、

「ただのシスターだ。自分が道に迷ってっけどな」

 との九垓の横槍に得心が行ったようだった。

「ふーん。んじゃ、いっか」

 ビリエラは胸の前でマグカップを抱えたイネッサの右手首を出し抜けに掴むや、

「ちょっといい?」

 それ以上のわけを語らず、ぐいぐいと部屋の出口へ連れて行こうとする。

 九垓の言に不服そうな(つら)でいたイネッサは慌ててカップを机に置き、されるがままに追従するしかない状況に目を丸くした。ビリエラの腕力は彼女の比ではない。もはや引きずられそうな勢いである。

「お、おい!」

 坊主の唐突すぎる行動に置いて行かれる九垓をよそに、早くも部屋の外に出たビリエラは、

「取って食ったりしないよ。アンタの相手はもうすぐ来る。待ってな」

 困惑に口を開けるイネッサを連れ、そう言い残して自動ドアの向こうに消えた。

「ここ、むさ苦しい男ばっかでさ。悪いけど、ちょっとつき合ってよ」

 ビリエラはイネッサの右腕を解放すると、彼女に人懐っこい笑顔を向けた。

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