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第十三話「神が定めし運命なれど」⑦

 手早くテントを片づけた九垓は、ビリエラたち<ブードゥーの風>の構成員らとともに洞穴の奥へと進んだ。

 それにつき従うほかないイネッサは怯え縮んだ様子で、周囲の岩壁に視線を忙しなく投げる。どこに向かっているのかわからない不安もさることながら、銃を引っ提げた者らに囲まれている状況というのは、やはり気が気でない。

 鍾馗に銃をお釈迦にされたビリエラたちの手には、気絶していた者らが持っていた無傷の銃が新たに握られているのだ。気絶させられた四人はふたりが回復し、まだ意識を落としたままのふたりは残りの者らに担がれている状態である。

 隆々とした岩を乱雑に抉り抜いたような穴のなかは奥のほうほど闇が深くなる。まるで怪物の隠れ家へと続くような広さだ。されど九垓は野営用に持参したランタンを片手に、まるでビリエラたちを先導するかのように歩を進める。その歩みには迷いがない。

 緩やかに下降したさき。この岩窟が鰐の口内だとしたら舌のつけ根のあたりまで至った時である。

 行き止まりに直面して足を止めた九垓の横をすり抜け、ビリエラが、その壁に向かってなにやら手を動かしだした。

 すると、ややあって岩洞全体に地鳴りのような音が這いずりまわり、行き止まりかに思われた岩壁がずり下がりはじめた。

 岩壁の上部に広がっていく隙間から照明らしき光が徐々に漏れ出てくる。

「もしかして、ここ……」

 イネッサはひとり驚嘆の声を漏らした。

「人ん家の玄関先でよくもまあ堂々と寝泊りしてくれたもんだよ」

 ビリエラは地中へと飲み込まれていく岩壁を目で追いながら、呆れた笑顔を見せる。その目が、岩壁の向こうから来る人工の光の眩さに細められた。

 岩壁の姿は完全に消え、薄闇に沈んでいた洞穴はぼんやりとした明るさに包まれる。岩壁が飲み込まれた地面には、助走をつけてやっと飛び越えられそうな幅の溝が残った。地を横に一閃するその溝を、溝の内側に垂れ下がる金属板がゆっくりと跳ね上がり、完全に埋める。

 一同が面したさきに続くのは、広大な四角いトンネルである。幅は十五メートルほど、高さはざっと三十メートルはある。人間より遥かに大きいなにか、おそらくはグスタフの出入りを想定しているのか。天井から壁、そして床に至るまでは、金属らしき千草色の大判パネルが目透かし張りに仕上げられていた。

 そんなトンネルのなかはここまでの洞窟とは異なり、煌々としている。床の壁際に沿って昼白色の照明が走り、天井の真ん中を縦断する半透明の板材からも同様の光が降り注ぐ。

 しかしイネッサは、トンネルの奥から何者かの唸り声のように聞こえる風鳴りに、一歩退いた。修道服の胸元を握る右手に力がこもる。

「懐かしいんじゃない?」

 九垓を見やったビリエラは妙に楽しげに、首をかしげるようにしてトンネルのなかを顎で指した。

「ああ」

 そう短く返すや、九垓は回顧に煙る顔つきで躊躇うことなくトンネルへと踏み込んだ。

 ビリエラたち一行がそのうしろに続き、しばらく歩を進める。この巨大なトンネルのなかでは、人間は小人も同然である。

 と、再び地鳴りを伴いながら岩壁がせり上がりはじめ、その振動にイネッサはふとうしろを見やった。

 すでに遠くなった入口には砂埃が舞い上がり、地中から生えるようにして壁が姿を現している。壁のこちら側はトンネルと同じ金属パネルの内装だ。

 逃げ道はない。イネッサは不安感に怯えた顔つきを引き締めると、それを正面に戻した。

 トンネルはひたすらまっすぐ奥へと伸びている。だが突き当たりは妙に影が多い。まだ距離があるために定かではないが、格子状の手すりらしきものが低い位置で横に走っているのが見える。行き止まりにしてはさらなる奥行きが感じられ、イネッサは怪訝に眉をひそめた。

 果たして、その場所は広大な踊り場のようだった。深緑の床の縁に沿って、ぐるりと三方を黒い丸パイプで組まれた柵が流れている。イネッサがさきほど遠目に見た手すりのようなものはこれだ。

 見上げれば、トンネルから続く天井の照明はさらに下へと傾斜している。それ以外の内部の造りは通ってきたトンネルと異なり、天井や壁は金属のパネルではなく、構造体の剛健な骨組みやそこかしこに走りまわる黒いケーブルが露わになっており、全体的に重苦しく、乱雑な印象だ。

 すると、

「あ」

 立っていた床が急に微振動し、イネッサは思わず声を漏らして足元を見た。その瞬間から懐の深いモーターの駆動音が身を包み込んだ。

 周囲を見渡せば、壁を蔦のように這うケーブルの景色が後方へと流れている。そこから背後を尻目に見やれば、明々としたトンネルの四角い口が段々と斜め上へ遠くなっていた。

 床は緩やかに下降を続ける。しばらく身を預けていると、同じ角度で下っていた天井の照明が向こう側に折り返して途切れ、そのさきに、これまでの大きさに違わず巨大、かつ、重厚な鉄製らしき白い扉が見えてきた。

 下降を続けていた床はやがて重い振動とともに停止する。

 三方にあった柵が床へと沈んでその姿を消すと、勝手知ったる九垓たちは迷わず歩みを再開した。

 イネッサは、彼らの進むさきへと気遣わしげな目を向けた。

(レナ、トゥス……?)

 立ちはだかる巨大な白い扉のやや上よりに、黒字のサンセリフ体で<Renatus086>とかすれ気味に書かれている。

「再生……」

 イネッサは訝しげにつぶやいた。

 <Renatus>というのはイネッサの言うように「再生」を意味する言葉で、ラテン語が由来とされる。それがなぜ書かれているのか、その意味するところは知れない。ただ、ここがレジスタンスの根城だというなら、そこにビリエラたちの主義あるいは主張が込められているのか。

 一行に遅れたイネッサが足早に彼らのあとを追えば、扉の右脇に立つビリエラはすでに作業を終えた様子で、片手を腰に当て、屹立する扉を見上げていた。

 白い鉄の壁が、岩壁が口を開けた時のような地鳴りとともに左右に引き開けられる。重厚さからくる緩慢な動きのなかで、時折、金属同士が擦れる甲高い音がこだまする。

 人ひとりが通れるほどの隙間が開いた時点で、ビリエラたちレジスタンスの面々はなかへと進んだ。

「置いてくぞ」

 そう九垓に尻目で言われ、イネッサは扉の文言へと持ち上げていた視線をはっと彼に戻すや、重い足取りを扉のなかに向けた。

 果たして、白い扉のさきには闇が広がっていた。明かりといえば、壁沿いの、目線よりも遥かに上の位置で点々とする橙色の照明だけである。空間の果てが影って見えないほど暗いが、その照明は彼方にも確認できる。どうやらグスタフが往来できるほどには広いようだ。

 天井もどこまで高いのか見えない。左右に目視できる極太の丸い金属の柱は、見上げれば首が痛くなるほど上に伸びている。

 床は土気色のコンクリートを打ったような平滑さで、壁は鼠色の金属質だ。鉄の柱も壁と同様の仕上げを施されていた。

 壁に目を凝らせば、照明のほかに、一定の間隔で浅いくぼみが点在しているのが見て取れる。床面から立ち上がるようにしてあるそれは、四角く、高さは三メートル、幅はニメートルほどある。そのくぼみには壁材と同じ質感をした両引きの自動扉が収められおり、四隅にはその位置を示すかのように青いランプが明滅している。

 一行はそれらのひとつを目がけ、ビリエラを先頭に向かった。そして扉の前に立つと、訪問を検知したらしい自動扉は滑らかな挙動で分け開き、続く薄暗い通路へ彼らを(いざな)う。

 通路は同じく鼠色の金属パネルの壁をして、しかし天井が低く、人間の頭身に合わせて作られているようだった。再生を意味する言葉が書かれた、あの巨大な白い扉とは大違いの小ささである。大人が往来するには充分な幅を持つその通路は、左に向かって弧を描いているようで、行き着くさきは判然としない。

 禁足地のごとき不穏な場の雰囲気に、イネッサは一抹の不安を覚え、表情を険しくする。だが、最後尾にいる彼女の怯えなどビリエラたちが気にするはずもない。イネッサは、淀みのない足取りで進む一行に続くほかなかった。

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