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第十三話「神が定めし運命なれど」⑥

 未明の砂漠にひと筋の砂塵を巻き上げ、漆黒のホバーバイクは<ヴェントゥス>を目指し疾駆する。しかし、その颯爽とした走りとは裏腹に、操縦する神楽夜の顔は浮かぬままであった。

 ――冗談じゃない!

 神楽夜の脳裏に、激昂するビリエラの怒声がよみがえる。

 彼女たちが抱える事情は知らない。戦うわけを聞かされても、それは自分たちの目的となんら関係のないことだ。加担すべきことではない。

 人の命を奪うことであるならばなおさらだ。

「カグヤ」

 不意に響いた鍾馗の声に、神楽夜は悶々とする思考の底から意識を上げた。

「我らの役目、自覚できておろうな?」

 淡々と詰問する調子で続ける鍾馗に、

「……わかってる」

 操縦席の神楽夜は逡巡を含んだ一拍の間を置いて答えた。そこに宿る呑み下せぬ想いを鍾馗は感じ取り、眉間に浅くしわを刻む。そして案の定、

「でも――」

 と神楽夜は異存の言葉をつないだ。

「こんな、見ず知らずの誰かを犠牲にして艦を直して、養父(とう)さんを連れ帰れて繭を止められたとしても、それでも」

 ――変わりなんてないです。人殺しです。

(そう、イネッサの言うとおり……)

 いかな理由があれど、人殺しだ。

「割り切れと言ったぞ」

 鍾馗は言い捨てた。

「そんな簡単に……」

 割り切れるならばどんなに楽か。九垓が参戦することで連合に甚大な被害が出るのは想像にかたくない。神楽夜はあの男と拳を交えたからこそわかる。本来失われるはずのない命まで散ることになると。

「貴様が手を下すわけではない」

 冷たく言う鍾馗に、

「そうじゃないって!」

 と、神楽夜は苦々しく抗弁する。

 自分にとって唯一の居場所を繭から守るために、まずは一刻も早く艦を直さなければならないのは理解している。

 けれども。

「……私たち、自分の国を守るためにここまで来た。そうでしょ、老師」

 その問いに、鍾馗は無言の是を返す。

「なら、ほかのひとを犠牲になんかしちゃいけない」

 この旅は他人(ひと)のためのものなのだ。決して誰かを不幸にするためにしているのではない。

 その想いを抱える神楽夜は神妙な面持ちのまま続ける。

「サクが痛がってたって知った時から、ずっと思ってた。他人に理不尽を押しつけて、素知らぬ振りでいちゃ駄目なんだって」

 ――この世は輪っかなんだ、カグヤ。

 そう教わったのは、八年ほど前の話だ。

 ――すべからく万物は廻る。その循環こそが命の営みだ。ゆえに力をもって事を為せば、いずれ力をもってくじかれる。しかし手を取り合えたならば、それは万丈の力となり得る。人も自然も変わらん。自分が、その輪のなかにある一個の命であることを、忘れるな。

 鳳鱗拳(ほうりんけん)を教える養父が、いつか、そう言っていた。

 そして、

「力に力でぶつかるなって言ったの、老師だよ」

 この鍾馗もまた、そう教えてきた。

 神楽夜の口調は責めるふうでもなく静々としたものだ。偽りはない。ゆえに、

「そうだな」

 鍾馗は端的に応じる。

「だったら!」

 神楽夜は食い気味に語気を強めた。

「もっと、誰も苦しまなくていいやり方があるはず」

 神楽夜がにじませる憤りは、無関係な戦いに与することだけに向けられたものではない。それを九垓ひとりに押しつけたことへの罪悪感も含まれている。自責の念といってもいい。無論、彼は傭兵としての本分を果たしているだけというのはわかっている。

 気に食わないのは、鍾馗が九垓を交渉の矢面に立たせるだけで、一切手を貸さなかったことだ。神楽夜ははじめ、そのほうが話の通りがいいからだと思った。が、いま考えれば違った思惑が見えてきてならないのである。

 どこまで織り込み済みだったかは知れない。ただ、この老師のことだ。九垓がレジスタンスに顔が利くと知れた時点で、この地の情勢を加味した策を考えたに違いない。現にいま鍾馗は、漁夫の利を得たも同然の状況にある。

 自分の手を汚すことなく、最も不利益を被らない方法で、目的を達成しようとする。

 効率的、といわれればそれまでだ。だが神楽夜は、いかに目指すところが「国のため」という遠大なものであっても、自分だけがよければいい、というその姿勢は受け入れがたかった。

「それができないなら、せめて……私たちでやるべきだ」

 そう、これは自分たちの国のための旅路である。責務を果たすうえで血に塗れることが必要ならば、その役目はまず自分たちが追うべきだ。<ヴェントゥス>は日本のために飛んでいるのだから、途中で加わった九垓を早くから当てにするのは間違っている。

 ましてや他人の命を奪ってまで事をなそうなど、もってのほかだ。

 哀しげに意気込む神楽夜のその言に、鍾馗はかすかな驚嘆を覚えた。

(なかなかどうして、殊勝なことを言いよるようになった)

 ――責任を負うことから逃げるな。

 神楽夜の心中には、そう言ったあの黒ずくめの姿が浮かんでいる。

 アレス・ヴァールハイト。彼は神楽夜を当事者だと言った。

 その自覚はすでにある。だから神楽夜はこうして刀を背負ったのだ。理不尽を前に道半ばで倒れることなく、生きて、この使命を最後までやり遂げるために。それは、必要とあらば抜くことも辞さない覚悟も併せている。

 神楽夜は座席の脇に据え置いた白色の鞘を一瞥した。その視線が、

「お前の心意気はわかった」

 という鍾馗の落ち着いた声にはたと戻される。

 しかし、

「だが、いまは時間が惜しい」

 やはり老師に考えを変える気はないと知り、その眼は再び怒気に(すす)けた。

「老師!」

 食い下がる神楽夜に、鍾馗は被せるようにして続ける。

「クガイが行けば、戦はすぐに片がつこう。さすれば流される血も少なく済む」

「でも人は死ぬ!」

「ワシらがここに来なくとも、いずれはそうなった」

 終始穏やかに諭す鍾馗の弁に、神楽夜は口惜しげに歯噛みした。

「あのビリエラという娘は、己の信じる道に殉じるつもりだ。それを誰が止められよう。あやつらに向ける慈悲と、己のなかの怒りとをない交ぜに捉えるな。割り切れと言ったのは、それも含んでのことだぞ」

 そのとおり、彼女たちはすでに戦う意志を固めていた。それ以外に道がないのだ。

 仮に自分の帰る場所が蹂躙され、彼女たちと同じ境遇になったとしたら、迷わず同じ道を選ぶだろう。神楽夜はそれも理解できる。できるからこそ腹立つのだ。

(ああ、そっか……)

 身に降りかかる理不尽。それにこそ、彼女は腹が立っていた。

 その怒りは、この旅に出された時から抱えてきたものだ。ビリエラたちがそうせざるを得なくなったことも、今回の戦いで死ぬかもしれない者の廻り合わせも、自分だけではどうしようもない話だとわかっている。ただそれを、運命というひと言だけで片づけたくはない。流されるがままに生きたくはないのだ。

 ――問い続けろ。

 黒騎士の影が脳裏に揺れて、神楽夜は(あか)い瞳を鋭くした。

 日本を救えたとしても、世界にはまだたくさんの不条理が溢れている。それを見て見ぬ振りは、できない。

 もう、知ってしまったのだから。

「カグヤ」

 鍾馗はまたも名を呼ぶが、語調はさきほどから変わらず穏やかなものだ。

「自分で変えられぬことを悩んでも仕方がない。いまは、それを苦いと感じられる己の心を磨いておけ」

 続けられた言葉に、神楽夜はやるせなさに唇をきつく結んだ。

 いかな不合理に際しても、己で考え、選び、進む。それができるようになってもなお、そのたびに手から零れ落ちるものは、己の未熟さゆえの代償か。

 夜を斬り裂く燦爛(さんらん)たる陽光が砂丘の彼方から放たれる。それを横から受けた神楽夜は、新たな朝の訪れに眩しげな顔を振り向けた。

 その直後、

「なに?」

 突如として操縦席内に胸をざわつかせる警告音が響き、神楽夜は驚きとともに顔を戻した。

 見れば、正面モニターの右下に吸排気フィルターの異常を報せる文字が表示されている。

「嘘でしょ……」

 ――こいつ、防塵してっかわかんねえんだろ?

 神楽夜は顔を青くしながら、洞穴に停車した時の九垓の言葉を思い出した。

「仕方あるまい」

 鍾馗は、砂漠のど真ん中に停車したホバーバイクを眺めて顎をさすった。

 九垓たちのもとへ戻るほうがまだ近いが、あちらにあるのも同型、結局は同じ末路を辿ることになりかねない。

「老師、まさかだけど」

 不吉な予感に顔を渋くする神楽夜に、

「捨て行く。荷物は持てる範囲でな」

 鍾馗はさらりとそう告げるや、さっさと自分の分の水と食料をまとめはじめる。

「適材適所……」

 まさにジックの言うとおり。神楽夜は貴重な水分を目から零し、がっくりと肩を落とすのだった。

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