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第十三話「神が定めし運命なれど」③

 顔だけを出すようにして黒い寝袋に包まれていた九垓は、テントのなかに(うごめ)くひとけを感じ、目を覚ました。

「はええな、爺さん」

 黒い芋虫が体をくの字に折り曲げるようにのっそりと起き上がれば、

「もう来たようだぞ」

 と、すでにテントを出ようとしていた鍾馗は尻目に言った。

 鍾馗は九垓が寝袋から出るのを待たず、足元から左に弧を描くようにファスナーを上げる。それを目線の高さで止めると、できた隙間に指を差し込んでわずかに開け、目だけを覗かせて外の様子を窺った。

 遠く砂漠の稜線に沿って、淡い飴色の暁光(ぎょうこう)が流れている。それが上に向かっていくにつれ、静やかな藍色の空と入り混じる。夜明けが魅せる色相の変遷は、実に単純に、見る者の心へ安堵をもたらす。新たな一日を静かに迎えられたという安心感だ。が、その油断こそ攻めるには最高の好機である。

 暁闇(ぎょうあん)に紛れ、神楽夜たちが眠る洞穴へ近づく一団は、砂漠によく馴染む戦闘服姿であることからも、一定の心得があると見える。

 鍾馗が目視できるのは洞穴が口を開けた方角だけだ。鈍い色の短機関銃を手に、砂塵や強光から目を守る分厚い軍用ゴーグルを身に着け、口元を黄土色のバンダナで覆ったかの者らは、それを理解している。死角より気配を殺しながら、洞穴の両脇に陣取った数人の人影は、そのなかでもっとも小柄な人物の手信号を合図に、なかへ突入しようとした。

 しかし、

「よう」

 突如、無音だった夜明けの砂漠に男の声が響き、その者らは全員、声のした頭上を一斉に見上げた。

 洞穴は鰐の頭が口を開けて砂山を突き破ったような形であるが、九垓はその鼻先に悠然と座して覗き込むように眼下を見下ろし、まるで道を尋ねるかのごとく自然な調子で続けた。

「あんたらのとこのギリアムに合わせてくれねえか。俺は――」

 と、言い終える間もなく兵団の数人が銃口を向ける。が、そのうちのひとりは、

「ちったあ聞けよ」

 と耳元で上にいた男の声がし、ぞくりとした悪寒に肩を小さく跳ねさせた。

 がばと首をねじ向ければ、洞穴の上に座っていたはずの男の顔が間近にある。兵士は急速に短く息を吸い、身を硬直させた。

 その一秒にも満たぬ合間に、携えていた短機関銃は、まるで磁石にでも引き寄せられるかのように右側へと手元を離れる。兵士はそこで目の前の男から視線を外したくはなかったが、あまりに急なことに、思わず銃の行き先を目で追ってしまった。

 そして、兵士はまたも息を呑んだ。

 彼と洞穴を挟んで反対に位置取っていた者は全部で四人いたが、みな一様に倒れ伏していた。その中央に立つのは、暁の青い闇に混じる黒装束の老人だ。兵士の手から離れた銃はといえば、老人の足元に転がっている。その銃の側面に突き立ったクナイの柄頭からは黒い紐が伸び、それを片手にしっかり握りしめた老人は、兵士を鋭く睨んでいた。

 されど、兵士の心は折れない。

 咄嗟に腰のうしろに右手をまわし、堅牢なサバイバル・ナイフを抜き放つや、自身の左に立つ男めがけ刺突を繰り出した。

 乾坤一擲の行動に、事態が呑み込めず呆然としていた残りの者らもナイフを抜き、九垓に迫る。

 ただ、指揮を執っていると思しき短身の者だけはそれを止めに入った。

「やめろ!」

 堂々たる女の声だった。その声に動きを止めた九垓は、しかし、兵士が突き出した右腕の内側に右半身を滑り込ませ、右肘を相手の鳩尾へとすでにめり込ませていた。

 九垓はその体勢で、背後から襲いかかろうとした三人を睥睨(へいげい)する。本能にいわれるまま、三人の兵士は蛇に睨まれた蛙のごとく固まった。

 すると兵士らの背後から、

「ギブリ!」

 と声をあげながら進み出る人物がいた。さきほど止めに入った短身の者である。その者はゴーグルを額に持ち上げ、口元を覆うバンダナを顎下にずり下げると、

「戻ってきたんだな、ギブリ!」

 と、まるで天啓を得たかのような笑みを浮かべた。褐色肌に黒い瞳をした、刈り上げた頭の丸みが美しい若い女だった。

「パンペロ……」

 九垓は気抜けした様子で構えを解きながら、目の前に立った女を呼んだ。すると女は急に笑い出し、

「違う違う。いまはビリエラ」

 と、懐かしむような眼差しを九垓に向けた。

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