第十三話「神が定めし運命なれど」②
結論からいえば、少女と少年に血のつながりはなかった。また、異常な回復を見せた少女の肉体は、構造的にはごく普通の人間であった。それは少年も同じである。
それぞれ<神楽夜>と<朔夜>という名を与えられ、灯弥が借り住まう二階建ての古民家で暮らすことになったふたりであるが、記憶が定かでないために歳の頃がわからず、最後は、十代後半と思しき神楽夜を姉とし、それよりも幼く見える朔夜を彼女の弟として扱うことで落ち着いた。
しかしそんなことを気にしているのは灯弥たち大人ばかりで、当の本人たち、特に神楽夜のほうは、ぼうっと外を眺めるだけでどうでもいい様子であった。
ひと口に「きょうだい」といっても、その性格は似通るところもあれば乖離するところも当然ある。その点で神楽夜と朔夜は非常に対照的な姉弟であった。
姉の神楽夜といえば、布団から上体を起こして窓外の景色を眺めるだけで一日を終える。食事は灯弥が作って与えるが大して口にせず、なにか語り掛けてもろくに返事もしない。まるで人形のように虚ろな娘であった。東洋というよりは西洋に近い線のはっきりした顔立ちも、その印象を強めるのにひと役買っていた。
対して弟の朔夜は、
「父さん、これ、なんて読むの?」
と灯弥の書斎にある本を勝手に引っ張り出してはそう訊いて歩き、灯弥をはじめ、監視を兼ねる大人たちにも早々に懐いた。なかでも、かつて幼子を亡くしている麟寺の可愛がりようといったら図抜けたもので、それがいまでも変わらぬことはすでに周知のことであろう。
そんな麟寺たちに見守られながら姉弟が灯弥と暮らすようになり、半年ほど経ったころだ。
灯弥の借家を中心に綺麗な円を描くだだっ広い庭で、歩くだけで踏まれるような背の低い雑草たちが、幾度か突風に倒れた。そのたびに体の芯に重く響くような、どん、という轟音がする。陽光高らかなその場所を震わせるのは、男ふたりの打ち合いである。
黒い詰襟の軍服の上だけを脱ぎ、オリーブドラブ色のTシャツ姿となった麟寺が、着崩した山伏のごとき身なりの灯弥へ、いままさに一気呵成の攻めを繰り出そうとしていた。
巨岩をいくつも集めたかのように隆起する麟寺の剛腕が放つ一打は、その音に違わず大砲じみている。直撃がそのまま死を連想させる猛攻に際し、灯弥は体の左を前に半身に構え、至って冷徹にそれらを躱した。
一瞬、麟寺の腕の引きが甘くなる。
刹那の間を逃さず、灯弥は顔色ひとつ変えぬまま麟寺の懐へ身を差し込んだ。そして麟寺の顔面めがけ、素早く上段の突きを繰り出す。
「なんのッ!」
躱すや麟寺は咆哮を上げた。この大男お得意の震脚がくる。大地を踏みしめ、気の発露によって周囲を圧するあの技だ。
察知した灯弥が踏み込んだ足でひと息に距離を取れば、麟寺のまわりは瞬きほどのうちに陥没し、砂塵を巻き上げた。
灯弥は軽々と宙を舞い、体の正面を麟寺に向けたまま着地する。次の手に備えて構えは解かぬままでいたが、麟寺に追撃の意思は見られない。
両者は間合いを測るようにしばし睨み合った。だがそれも長くは続かず、さきに気を抜いた灯弥が家のほうへ顔を向けた。
そしてやにわに、
「お前もやってみないか」
と、縁側に座して組手を見ていた神楽夜へ誘いの文句を投げた。ここ最近の神楽夜は、夏も盛りのころに「少しはお天道様を浴びろ」と麟寺に引っ張り出されてからというもの、庭を眺める場所を縁側にすることが多かった。
これまで、神楽夜がまわりからの呼びかけに答えたことは一度もない。飯を食うのも風呂に入るのも促されてからするばかりで、まるで指示がなければ動かぬ機械のようであった。
唯一彼女の意思を感じ取れたのは、拾ってきたあの晩に彼女が見せた憤懣にぎらつく眼光のみである。灯弥は、それで魂を放散させてしまったのでは、と思っていた。
「やっぱ、駄目か」
灯弥は無念そうにつぶやいて首を正面に戻す。そして、麟寺と組手を続けるべく再び構えを取ろうとした、まさにその時だった。
家の方角から爆発が起きたような地響きがする。
同時に突き抜けた悪寒にその目を見開くが早いか、灯弥は顔を驚愕に歪ませながら、疾風をまといて身を反時計回りに捻った。
間髪入れず、破裂音とともに砂塵が吹き飛ぶ。
一部始終を目にした麟寺は、それでも起きたことが信じられない様子で呆気に取られていた。それは、実際に拳を受け流した灯弥自身もそうであった。
灯弥が直角に曲げて持ち上げた左腕の外側に、突き出された神楽夜の細腕がある。顔面を狙ったのだろう。神楽夜の拳は上段を目がけていた。
「お前……」
腰の捻りも足りなければ相手の返しも考えていない、あまりに無防備な一撃。されど肩が入らずまっすぐに打ち貫いた拳は、さきほど灯弥が麟寺相手に繰り出した動きのままに思える。
訝しげに見下ろす灯弥の視線と無表情なままの神楽夜の視線が結ばれる。
神楽夜の紅い瞳は変わらず虚無を見つめている。だが、そこに宿りつつあるわずかな光を、灯弥はこの時、確かに感じ取ったのだった。
第十三話「神が定めし運命なれど」




