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第十二話「はじまりの追憶」⑮

 そんな語らう夜を過ごす神楽夜たちは知る由もない。レジスタンスとの接触を試みようとする間に、欧州が火の海と化していることなど。

 斜陽に揺れる稲穂のようだ。ジュネーヴの夜空の下、うつ伏せに倒れた連合兵の男は、一面に広がる火の手を遠い故郷の景色にそう重ねた。

 爆炎立ち昇る彼の視界の隅に、ほんの数十秒前まで今夜のストリップ・ショウについて話していた同僚は、かろうじて左腕だけを残していた。それを見つけた男は、瓦礫となった基地の地面の冷たさを頬に感じながら、ようやく訪れた両足の熱さに朦朧と目だけを動かした。

 しかし、それでは状況を知れない。自由な上体を懸命に起こそうとしても、体全体が痺れて難しい。直前に起きた爆発のせいに違いない。男はついに断念し、わずかに浮かせた頬を力なく地面に押し当てた。

 すると、地面を一定の感覚で伝わってくる振動を感じた。振動は怪獣映画でよくありがちな足音のようだ。男の頭の方角からするそれは、一定の間隔で、ずん、と男を含めた周囲一帯を震わせた。

 徐々に強くなる「逃げろ」という本能に従い、男は起こせなかった体を今度は横に反らすように這わせ、自分の足を尻目に捉えた。

 熱いのは、火が近いからだとずっと思っていた。だから足はそこにあるのだと信じて疑わなかった。たとえ、毒々しい赤色をした、虫に食われたキャベツのように穴が開いた皮と、その周辺に投げ出された筋のついた肉片を目にしても、それが自分のものだとはまったくもって思えなかった。

 夢うつつなまま、男は近づいた足音にぎょろりと目を向けた。口で必死に酸素を求める男の顔は、それだけで怨訴(えんそ)のこもったおどろおどろしいものになった。

 その男の視線のさきにある崩れた壁の影から、異形の存在が姿を現す。眼下の炎に照らし出された水銀色の巨体は、最後の生存者を認めるなり、赤い瞳を六つ、宵闇に輝かせた。

 直後、額から雄々しくいきり立つ巨大な一本ヅノから、無慈悲な赤い閃光を撃ち放つ。光条が射した地面は極度の熱を帯びてたちまち盛り上がり、続く爆裂は、喘いでいた男を周辺の残骸もろとも灰塵に帰した。

 これで十七箇所目になる。アルカン領最大の基地<リュエール・デ・ゼトワール>の陥落を皮切りに、東進したグラディアートルが焦土と変えた基地の数だ。だが、そのいずれにも取り逃したイネッサらの姿はなかった。

 グラディアートルは巨体を粘性のある銀色の液体に変えて小さくなり、やがて神父の姿を取ると、

「なんと脆い」

 と、その余りの脆弱さに悲嘆の弁を漏らした。

 そこへ、

「そりゃあ人間だからねえ」

 と背後からした気だるげな男の声に、グラディアは特に驚いた様子もなく、しかし疎ましさに眉を寄せ振り返る。それと同時に鎌のごとき赤い旋風が次々に舞い、声のした瓦礫の山を粉砕した。

「大人しく隠れていればよかったものを」

 人間とはつくづく身の程を弁えないものだ、と神父はその場を立ち去ろうとした。

 だが、

「待て待て」

 今度は真逆から呼び止められ、グラディアは瞬時に射るような炯眼(けいがん)を向けた。

 折り重なった瓦礫の上に、しわくちゃになった山吹色のリネンシャツを着た、三十代も半ばと思しき男が座っている。男は品定めするような視線を神父に向けながら、

「シーカーリウスだ。アンタは――グラディアートル、で合ってるかい?」

 と訊いた。

「そうだが。オニキスの監視者がなぜここにいる」

「そりゃあ、こんだけ派手にやってれば、ねえ」

 赤茶色のくせ毛をしたその男は、前屈みに座した体勢で不敵な笑みを送った。

 続けて、

「しかし、不便だよなあ、名乗らないとわからないってのは」

「不便? その感じ方は好ましくないな、シーカーリウス」

 まるで人間のようではないか。グラディアはあえて口にせず、手をうしろに組んで姿勢を正し、同胞を睨みつけた。

 その、まさに見てくれどおりの堅物な反応に、シーカーは(あざけ)るように口端の片方を吊り上げた。

「馴染むのは悪いことじゃあないだろう? 生きるうえで必要な最適化(こと)さ」

 その物言いはやはりグラディアの癪に障った。自分と同じ側にありながら微塵の矜持も感じられず、ただ己の存続のみを優先しているその態度。

「くだらん」

 グラディアは嫌悪感に満ち満ちた言葉を吐き捨て、

「まだ動く機体(もの)がいたとは喜ぶべきことだが、ニンゲンの真似事をしていてもさきは知れている」

 苦々しい面持ちを頭上に向けた。昇る黒煙のさきにある月は、煌々と彼らを見下ろしている。しかし、シーカーはそんな神父とは対照的に終始楽しげであった。

「そうは言っても、ずっと見つからないんじゃあねえ。ま、こっちとすれば、このままでいいんだけどさ。お目つけ役がいないほうが気楽だろう? アンタも」

 グラディアには、自分とこんな無法者が同列であることが実に理解しがたかった。この男はさきほど、馴染むことが必要なことだと言った。それは、この社会に違和感なく溶け込むという点でのみ納得がいく。だがそこまでだ。自由を謳歌し、生の喜びを甘受することまでは、彼らは求められていない。倫理から外れた行い、思考である。

 ゆえにグラディアは殺気立った眼光でもってシーカーを尻目に射抜いた。

「勘違いするな。我々はエクスプリゲート。<レヴェル>を誅するのも役目のうちだ」

 獰猛な獣が放つような低い声色には、いまにも首を落とさんとする重圧が感じられる。されど、それを受けてなお、シーカーは余裕ぶった表情を崩さなかった。

「怖いねえ。でも、それなら俺よりさきに処分しなきゃいけないのがいる」

 それが誰であるかは言われるまでもない。グラディアはシーカーに向けていた殺気を引っ込め、静かにうつむくと、

「――アルマトゥーラ」

 と裏切り者の名を口にした。

 神父からその名が出ると思っていなかったシーカーは、称賛の意を込めて口笛を吹き、

「なんだ、知ってるんじゃないか」

 そう言いながら腰かけていた瓦礫からひょいと地面に降り立つ。

「あれは決まりだよ。完全にあっち側だ」

 シーカーは両手を藍色のジーンズのポケットに突っ込み、意地の悪い笑みを浮かべる。グラディアはそれに見向きもせず、

「貴様のように馴染み過ぎた結果だろう。いずれ処分は下す」

 と厳めしい顔つきで答えるが、それはシーカーにとってなんとも面白くない、消極的な返しだった。

「いずれ、ねえ。でも、こんなところでうろついてちゃ、取り逃しちゃうんじゃないかい?」

「なに?」

 まるでその所在を知っているかのような口振りに、グラディアが怪訝な横目を流し向ければ、シーカーは辺りに転がる人間の四肢につまらなさそうな視線を投げていた。

「連中、いま頃はアフリカさ。それにあの盾だけじゃない。アービターが四人もそろってる。だから、ものは相談なんだが――」

 そうしてグラディアと視線を結んだシーカーの眠そうな目は、邪悪な笑みを湛え、歪んだ。



 つづく

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