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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第6章 それぞれの道を考え始めちゃった。

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第百三話 帰りたい場所

 レイモンドこと仁が旅立ってから、数日が過ぎた。

 知らせを受けた江理は、シアンの自室で、一人、静かに考え込んでいた。

 仁の決断、桜子の選択。

 二人の姿が、何度も頭の中で蘇ってきた。

 ◇

「江理ちゃん、顔色が優れないみたいだけど」

 様子を見に来たマイミが、心配そうに声をかけた。

「ちょっと、考え事をしてて」

「仁さんのこと?」

 その問いに、江理は、小さく頷いた。

「仁さんは、帰ることを選んだ。桜子さんは、残ることを選んだ。マイミさんも、ずっと前に、同じ選択をしたよね」

「うん」

 静かに、マイミが頷いた。

「私は、この世界に残った。エイトがいたから」

「後悔、してない?」

「一度もない」

 マイミの答えに、迷いはなかった。

「でも、仁さんみたいに、帰る道を選ぶ人がいても、それもまた、正しいんだと思う。どっちが正解とか、そういう話じゃないから」

 その言葉に、江理は、少し救われた気がした。

 ◇

 数日後、江理は、ピーコック村の庭を訪れた。

「エリーさん、久しぶりですね」

 アイリスが、嬉しそうに迎えてくれる。

 庭は、以前よりも、さらに豊かになっていた。色とりどりのハーブが並び、小さなベンチと、木陰を作る棚まで設えられている。

「見違えました」

「少しずつですけど、形になってきました」

 アイリスは、誇らしげに笑った。

「マルコさんが、パール村にも、同じような庭を作る計画を立ててるんです。それに、ローズでも、興味を持ってくれる人がいるって話で」

「本当に?」

「はい。身分に関係なく楽しめる場所が、あちこちに増えたらいいなって」

 その話を聞きながら、江理は、庭の隅に腰を下ろした。

 風が吹き抜け、ハーブの香りが、ふわりと漂う。

「エリーさん、何か、悩んでるんですか」

 アイリスが、隣に座りながら、そっと尋ねた。

「ちょっとね。仁さんのこと、考えてて」

「帰る方法が、あったらって話ですか」

「うん」

 江理は、小さく頷いた。

「アイリスは、どう思う? もし私が、日本に帰るって言ったら」

 その問いに、アイリスは、少し驚いた顔をしたが、すぐに、優しい表情に変わった。

「寂しいです、すごく。でも」

「でも?」

「エリーさんが選ぶことなら、何でも応援します。帰りたいなら、帰ってもいいと思います」

 その言葉に、江理は、目を見開いた。

「それでも、江理さんがいなくなるのは寂しいから、本音を言えば、ここにいてほしいです」

 アイリスは、はにかむように笑った。

「ごめんなさい、矛盾してますよね」

「ううん」

 江理は、首を振った。

「それが、本当の気持ちだと思う。ありがとう」

 ◇

 夜、オジーと二人、寝室で静かな時間を過ごしていた。

「何を考えてる」

 オジーが、ふと尋ねた。

「色々」

 江理は、お腹に、そっと手を当てた。

「私、ずっと、帰る方法があるかどうか、考えないようにしてきた気がする。考えても仕方ないから、って」

「そうだったのか」

「うん。でも、仁さんが実際に帰るのを見て、改めて考えちゃった」

 江理は、言葉を選びながら、続けた。

「もし私にも、帰る方法があったら、どうするんだろうって」

 何も言わず、江理の言葉を待っていた。

「日本には、家族がいる。会いたい気持ちは、今でもある」

「……うん」

「でも」

 江理は、オジーの手を、そっと握った。

「今の私にとって、帰りたい場所は、一つじゃない」

 その言葉に、オジーは、静かに江理を見つめた。

「この世界に来たばかりの頃、ピーコック村が、初めての『帰りたい場所』になった。それから、シアンも、ここも」

「俺も、その一つか」

「一番、大きいかもしれない」

 江理は、小さく笑った。

「日本への想いが、消えたわけじゃない。それでも、ここにも、確かに、帰りたい場所がある」

 オジーは、江理の手を、強く握り返した。

「焦らなくていい。ゆっくり、考えればいい」

「うん」

 静かに、頷いた。

 ◇

 窓の外には、穏やかな夜が広がっていた。

 お腹の中で、小さな命が、二つ、確かに育っている。

 仁の選択も、桜子の選択も、マイミの選択も、どれも、それぞれの答えだった。

 江理には、江理自身の答えが、まだ見えていない。

 それでも、少しずつ、その輪郭が、形になり始めているのを感じていた。

 帰りたい場所は、一つじゃない。

 その事実と、ようやく、正面から向き合えた気がした。

 窓の外に、小さな光が二つ、ふわりと浮かんでいた。

 ノアとピコが、いつの間にか、様子を見に来ていたらしい。

『エリー、だいじょうぶ?』

『かんがえごと、おおい?』

「うん、少しね」

 江理が答えると、光の粒は、安心したように、揺れた。

『エリーが、えらんだみちなら、どこでもいいとおもうよ』

 ノアの、無邪気な一言に、江理は、思わず笑ってしまった。

 子供のような言葉が、時に、一番シンプルな真実を突いてくる。

 どこを選んでも、誰かが、ちゃんと受け止めてくれる。

 その安心感が、江理の心を、静かに支えていた。

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