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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第6章 それぞれの道を考え始めちゃった。

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第百二話 新しい光

 レイモンドを見送ってから、ひと月ほどが過ぎた頃だった。

「最近、疲れやすくて」

 江理は、診療所の片隅で、何気なくそう呟いた。

「体調、崩してるんじゃないですか」

 アメリアが、心配そうに顔を覗き込む。

「うーん、そうかも。ちょっと診てもらおうかな」

 特別、深く考えていたわけではなかった。

 建国からずっと、忙しい日々が続いていた。疲れが溜まっていても、おかしくはない。

 そのくらいの、軽い気持ちだった。

 ◇

「少し、横になってください」

 マイミが、慣れた手つきで、江理の体を診ていく。

「お腹、張ってたりしない?」

「特には」

「食欲は」

「普通にある、と思う」

 問診が進む中、マイミの手が、ふと止まった。

「江理ちゃん。マルコさんが作った、あの聴診器、ある?」

「うん、あるけど」

 戸惑いながらも、聴診器を手渡す。

 マイミが、慎重に、それを江理のお腹に当てる。

 しばらく、無言の時間が流れた。

「……これ」

「どうかした?」

「ちょっと、代わって」

 マイミが、聴診器を江理自身に渡した。

 医者としての勘が、何かを察していた。

 震える手で、聴診器を自分のお腹に当てた。

 耳を澄ます。

 一つの、小さな音。

 そして、もう一つ。

 わずかにずれたリズムで、確かに、二つの鼓動が響いていた。

「……二つ?」

 声が、震えた。

「うん。私にも、そう聞こえた」

 静かに、マイミが頷いた。

「双子、かもしれない」

 その言葉に、江理は、しばらく、言葉を失っていた。

 ◇

 確認のため、マーサも呼ばれた。

「聴診器で、二つの音、ね」

 マーサは、腕を組んで、しばらく考え込んだ。

「この世界には、双子かどうかを確かめる術がない。あんたの世界の検査機器とやらがあれば、話は早いんだろうけど」

「ないものは、仕方ないです」

「ああ。だから、確実とは言い切れない。でも」

 マーサは、江理の顔を見た。

「二つの音が聞こえたなら、まず、双子だと考えるのが自然だろうね」

「はい」

 江理は、静かに頷いた。

 医学的な確証はない。それでも、その音の存在は、確かに江理の耳に届いていた。

 ◇

 診療所の窓から、光の粒が飛び込んできた。

 ノアと、ピコだった。

『エリー、なんかへん!』

『ふたつ、ひかってる!』

 妖精たちが、興奮したように、江理の周りを飛び回る。

「二つ、光ってるの?」

 江理が尋ねると、二人は、同時に頷いた。

『うん! まえよりも、はっきり!』

 その言葉に、江理とマイミは、顔を見合わせた。

「前に、新しい命に気づいた時も、妖精たちの方が先だったよね」

 マイミが、そう言うと、江理は、小さく頷いた。

 妖精たちの感覚は、時に、人の医学よりも早く、正確に真実を捉える。

 その不思議な力に、江理は、改めて、感謝の念を抱いた。

 ◇

 知らせを受けたオジーは、診療所に飛び込んでくるなり、江理の両肩を掴んだ。

「本当か」

「まだ、確実じゃないけど」

「双子……」

 オジーの声には、驚きと、隠しきれない喜びが滲んでいた。

 江理は、自分のお腹に、そっと手を当てた。

 二つの、小さな命。

 その事実が、じわじわと、実感を伴って胸に広がっていく。

 同時に、頭の片隅を、別の思いがよぎった。

 ――あの子が、形を変えて、戻ってきたのかもしれない。

 根拠のない、ただの感傷かもしれない。

 それでも、そう感じずにはいられなかった。

 医者として、そんな考えは非科学的だと分かっている。

 それでも、今この瞬間だけは、その思いを、静かに抱きしめていたかった。

「江理」

 オジーが、そっと手を重ねてきた。

「今度は、ちゃんと、二人で守ろう」

「うん」

 江理は、静かに頷いた。

「前みたいに、無理はしない。ちゃんと、周りに頼る」

「それがいい」

 オジーは、安堵したように、小さく笑った。

「一人で抱え込むのは、もうやめだ。俺も、マーサも、アイリスも、皆、味方なんだから」

 その言葉に、江理は、これまでの日々を思い返した。

 休むことに戸惑い、何もできない自分に苦しみ、それでも少しずつ、新しい居場所を見つけてきた道のり。

 あの経験があったからこそ、今度は、もっと上手に、周りの力を借りられる気がした。

「オジー」

「何だ」

 江理は、少し迷ってから、続けた。

「前に流産した時、何にもならなかったって、自分を責めたことがあったの。覚えてる?」

「覚えてる」

「あの時は、全部無駄だったんじゃないかって、本気で思ってた。でも、今は、少し違う気がする」

 江理は、お腹に、そっと手を添えた。

「あの子がいたから、私は、何もできない自分と向き合えた。周りに頼る大切さも、学べた。それが、今、この子たちを迎える力になってる気がする」

「それは、お前の強さだ」

 オジーが、静かに言った。

「あの子のおかげでもあるし、江理自身が、ちゃんと乗り越えてきたからだ」

 その言葉に、江理の目に、温かいものが滲んだ。

「ありがとう」

「まだ、礼を言われるようなことは、何もしてない」

「これからの分の、先払い」

 江理が、そう言って笑うと、オジーも、つられて笑った。

 窓の外では、妖精たちが、嬉しそうに飛び回っていた。

『ふたご、おめでとう!』

『エリー、しあわせ!』

 その賑やかな声に、江理の頬が緩む。

 新しい光が、確かに、二つ、江理の中に灯っていた。

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