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異世界転移した女医ですが、帰りたいのは元の世界だけではなくなりました ~辺境の村から始まる異世界診療記~  作者: 滝内亜依
第6章 それぞれの道を考え始めちゃった。

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第百一話 見送り

 出発の日、帝都ローズの一角に、見送りの人々が集まっていた。

 アーサー、セレネ、エイト、シリル、パウラ。

 そして、桜子。

「準備は、整っています」

 パウラが、床に描かれた魔法陣を見下ろしながら言った。

 物を送る実験を、百回以上重ねてきた成果が、今、ここに形になろうとしていた。

「仁殿」

 アーサーが、静かに声をかけた。

「これまでの働き、改めて礼を言う。息災であれ」

「もったいない、お言葉です」

 深く、頭を下げた。

「陛下のご治世が、これからも穏やかでありますよう」

「そなたの行く先にも、同じ言葉を贈ろう」

 セレネも、優しく微笑んだ。

「桜子殿のこと、心配なさらず。私たちが、しっかり支えます」

「ありがとうございます」

 少し離れた場所から、サラも静かに頭を下げた。

「先生には、本当にお世話になりました。この子が生まれたときも、きっと先生のことを、話して聞かせます」

 サラは、まだ膨らみの残るお腹に、そっと手を添えた。

「それは、光栄なことです」

 仁は、穏やかに微笑んだ。

「どうか、お健やかに」

 長年、後宮の女性たちを支えてきた日々が、一つひとつの顔とともに、仁の胸に蘇っていた。

 誰ひとりとして、おろそかにしたつもりはなかった。

 その積み重ねが、今、こうして温かい見送りとなって返ってきている。

 シリルとパウラにも、仁は、順番に声をかけた。

「シリル、パウラ殿をよく支えてやってくれ」

「はい!」

「パウラ殿、お前の研究には、何度も驚かされた。これからも、その力を正しく使ってくれ」

「分かってる。任せて」

 パウラは、いつものマイペースな調子でそう答えたが、その目には、確かな誇らしさがあった。

 ◇

 エイトが、最後に一歩、前へ出た。

「仁」

「エイト殿」

「長い付き合いだったな」

「ああ」

「向こうに着いたら、まずはゆっくり休め。それから、家族に会いに行け」

 エイトの声には、これまでにない優しさがあった。

「分かった」

「宮廷医のことは、心配するな。お前が教えてくれたこと、全部、ちゃんと引き継ぐ」

「信じている」

 二人は、固く握手を交わした。

「達者でな」

「お前もだ」

 その短いやり取りに、三十年近い友情のすべてが、込められていた。

 ◇

 マーサからも、一通の手紙が届いていた。

「あいつらしいな」

 仁は、手紙を開く前に、そう呟いて小さく笑った。

 中には、短い一文だけが書かれていた。

「どこにいても、ちゃんと生きな。それだけが、あたしの望みだよ」

 その素っ気ない、けれど温かい言葉に、仁は、目を細めた。

「ありがたいことだ」

 手紙を、胸元にそっとしまう。

 ◇

 最後に、仁は、桜子の前に立った。

「サクラコ殿」

「仁さん」

 二人は、しばらく、見つめ合っていた。

「見送ってくれて、ありがとうございます」

「当たり前です。最後まで、見届けるって言いましたから」

 桜子は、精一杯の笑顔を浮かべていた。

 それでも、その目には、抑えきれない涙が滲んでいた。

「向こうに着いたら、どうか、幸せに生きてください」

「サクラコ殿も」

 まっすぐ、桜子を見た。

「あなたは、ここで、たくさんの人に必要とされています。それを、忘れないでください」

「忘れません」

 桜子は、きっぱりと頷いた。

「仁さんも、忘れないでください。この世界で、三十年近く生きた日々があったことを」

「忘れるはずがありません」

 静かに、答える。

「レイモンドとして生きた日々は、私の人生の、大切な一部です」

 二人の間に、最後の沈黙が流れた。

 それは、悲しみだけではない、確かな感謝に満ちた時間だった。

 ◇

「時間です」

 パウラの声が、静かに響いた。

 魔法陣の中央に、仁が立つ。

「皆様、本当に、お世話になりました」

 深く、深く、頭を下げる。

 光が、仁の足元から、ゆっくりと立ち上り始めた。

「仁さん!」

 桜子が、思わず声を上げた。

 光の中、仁は、最後にもう一度、桜子を見た。

 その口が、何かを紡いだ。

 声にはならなかったが、桜子には、その言葉が、はっきりと届いた気がした。

 ――ありがとう。

 光が、まばゆく膨れ上がる。

 そして、次の瞬間――仁の姿は、その場から、跡形もなく消えていた。

 静寂が、戻ってきた。

「……行った、のね」

 桜子は、空になった魔法陣を見つめながら、静かに呟いた。

 涙が、頬を伝う。

 それでも、不思議と、絶望ではなかった。

 仁が、ようやく、自分の本当の場所へ向かえた。

 その事実が、桜子の心に、静かな安堵を運んでいた。

 周りにいた者たちも、しばらくの間、言葉を発せずにいた。

 やがて、エイトが、静かに桜子の肩に手を置いた。

「よく、見届けましたね」

「はい」

 桜子は、涙を拭いながら、小さく頷いた。

「これから、どうしますか」

「仕事に、戻ります」

 桜子は、まっすぐ顔を上げた。

「立ち止まっている暇は、ないので。待っている患者さんが、たくさんいますから」

 その言葉に、エイトは、小さく笑った。

「仁が、サクラコ殿を選んだ理由が、よく分かります」

 その一言に、桜子の頬が、少しだけ緩んだ。

 帝都ローズの空に、穏やかな風が吹き抜けていった。

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