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第4話 過去

翌朝。


「……眠い」


俺――柊夜花は、机に突っ伏した。


昨日は輝女と一緒に飯を食って、それから昔の夢まで見た。


あの炎。


あの夜。


そして――咲夜。


「……忘れろ」


小さく呟いて、顔を上げる。


俺が今いるのは、美園高校。


過去とは関係のない場所だ。


そう思いたかった。


「夜花」


「ん?」


隣の席から健人が声をかけてくる。


「昨日の件、本当に付き合ってんの?」


「……偽物だよ」


「だよな」


健人はあっさり納得した。


「でも、学校中に広まってるぞ」


「は?」


「蜜柑と柊が付き合ってるって」


「……早すぎないか?」


思わず頭を抱える。


その直後。


「おはよう、夜花くん」


蜜柑がやってきた。


「おはよう」


「今日もよろしくね、彼氏さん」


「学校ではそういう設定だからな」


「分かってるって」


蜜柑は楽しそうに笑った。


そして俺の隣に座る。


「そういえばさ」


「何?」


「今日、放課後空いてる?」


「特に予定はないけど」


「じゃあ、一緒に帰ろうよ」


「……偽装のため?」


「もちろん」


そう言いながら、蜜柑は俺の手を取った。


「ちょっ……」


「恋人なんだから、これくらい普通でしょ?」


「……まあ」


教室の何人かがこちらを見る。


俺はため息をついた。


これも全部、演技だ。


そう自分に言い聞かせる。


けれど――


蜜柑の手は、思ったより温かかった。


「……なんだよ」


「何が?」


「いや」


俺は前を向いた。


「なんでもない」


*


放課後。


俺と蜜柑は並んで校門を出た。


「ねえ、夜花くん」


「ん?」


「この前言ってた料理、本当に得意なの?」


「まあ、それなりには」


「じゃあ今度作ってよ」


「偽装彼氏にそこまで求めるか?」


「だって彼女だもん」


「偽物だろ」


「細かいなぁ」


蜜柑は笑った。


俺も思わず笑う。


こんなくだらない会話。


それが、妙に心地よかった。


普通の高校生みたいだ。


俺がずっと欲しかったもの。


何も考えずに笑える日常。


それだけでいい。


そう思っていた。


その時だった。


「……夜花くん?」


「ん?」


蜜柑が立ち止まった。


俺も足を止める。


視線の先。


道路の向こう側に、一人の少女が立っていた。


長い黒髪。


冷たいほど整った顔。


そして――こちらを見つめる、鋭い瞳。


「……誰だ?」


俺が呟く。


少女は何も言わない。


ただ、俺を見ていた。


まるで――


ずっと探していたものを見つけたように。


「……夜花」


その声を聞いた瞬間。


胸の奥が、締め付けられた。


「……え?」


俺は息を呑む。


知らないはずの声。


知らないはずの人。


なのに。


なぜか、懐かしい。


少女は一歩、こちらへ歩いてくる。


「やっと……見つけた」


「……俺を?」


少女は答えなかった。


ただ、俺の隣にいる蜜柑を見る。


そして、ほんの少しだけ目を細めた。


「……そういうこと」


「え?」


「彼女?」


「……まあ」


俺が答えると。


少女の表情が変わった。


ほんの一瞬。


悲しそうに。


そして――怒ったように。


「……そう」


それだけ言って、少女は踵を返した。


「ちょっと待って!」


俺は反射的に呼び止めた。


少女が振り返る。


「……何?」


「あなたは……誰なんだ?」


少女はしばらく俺を見つめた。


そして――


「氷見咲夜」


その名前を聞いた瞬間。


頭の奥で何かが弾けた。


炎。


木造の道場。


竹刀の音。


そして――


『夜花』


「……っ」


俺は頭を押さえた。


「夜花くん!?」


蜜柑が慌てて支える。


「大丈夫……」


「顔真っ青だよ」


「……大丈夫だ」


もう一度、咲夜を見る。


だが、彼女は何も言わずに歩いていった。


その背中を見ながら、俺は呟く。


「……なんで今さら」


胸の奥が、嫌なほど騒いでいた。


忘れたかった過去が。


終わらせたはずの過去が。


今――


俺の目の前に戻ってきた。

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