第三話 「新しい同居人」
放課後。
「夜花ー!」
校門を出たところで、蜜柑が駆け寄ってきた。
「待って。」
「何?」
「今日、一緒に帰る約束でしょ?」
「……そうだったな。」
「忘れてた?」
「少し。」
「もう。」
蜜柑が頬を膨らませる。
「彼氏なんだから、ちゃんとしてよね。」
「偽物だけどな。」
「学校では本物。」
「はいはい。」
二人で歩き始める。
少しすると、蜜柑が夜花の隣にぴったりと並んだ。
「ねえ。」
「ん?」
「今日も手、繋ぐ?」
「必要?」
「……必要。」
「なんで?」
「恋人っぽく見せるため。」
「昨日も繋いだだろ。」
「昨日と今日じゃ違うの。」
「そういうものなのか?」
「そういうもの。」
蜜柑は強引に夜花の手を取った。
「……。」
「……。」
二人とも黙る。
昨日よりも。
自然に歩けている気がした。
「慣れてきたね。」
「何に?」
「こういうの。」
「まあ。」
夜花は前を見る。
「お前が毎日やるからな。」
「嫌?」
「別に。」
その答えに。
蜜柑は少しだけ嬉しそうに笑った。
――――
その日の夕方。
夜花が家へ帰ると、玄関に見慣れない靴があった。
「……誰か来てるのか?」
扉を開ける。
「おかえりなさい。」
「……?」
そこにいたのは。
一人の少女だった。
長い髪。
整った顔。
そして。
見覚えのある面影。
「……西ノ宮さん?」
「覚えてたんだ。」
少女は笑う。
「よかった。」
西ノ宮輝女。
夜花の前に現れた少女は。
そのまま夜花の荷物を受け取った。
「今日からよろしくね。」
「……何が?」
「ここで一緒に暮らすの。」
「……は?」
夜花が固まる。
「聞いてない。」
「私も昨日聞いた。」
「どういうことだよ。」
「お父さんが決めたの。」
輝女は困ったように笑う。
「一人で家にいることが多いから、誰か一緒に住んでくれる人がいた方が安心だって。」
「……。」
夜花はため息をつく。
「俺は?」
「夜花も一人でいるよりいいだろって。」
「勝手だな……。」
「でも。」
輝女が笑う。
「私は嬉しいよ。」
「……そうか。」
夜花は靴を脱ぐ。
「よろしく。」
「うん。」
その瞬間。
輝女の胸が少しだけ高鳴った。
――昔。
まだ幼かった頃。
一度だけ会った少年。
その少年が。
今。
目の前にいる。
けれど。
その記憶が特別なものだったことを。
輝女自身はまだ理解していなかった。
――――
夕食。
「夜花って料理できるんだ。」
「普通だろ。」
「私、あんまり料理しないから助かる。」
「自分で作れよ。」
「今度覚える。」
「本当か?」
「たぶん。」
「……信用できない。」
「ひどい。」
二人で笑う。
思っていたより。
悪くない。
「そういえば。」
輝女が箸を止める。
「学校では彼女できた?」
「……。」
夜花の動きが止まった。
「なんで知ってる?」
「噂になってるよ。」
「早すぎないか……。」
「相手、伊藤さんでしょ?」
「ああ。」
「本当に付き合ってるの?」
「……偽物。」
「え?」
「事情があって、彼氏のふりをしてるだけ。」
輝女は少し黙る。
「そっか。」
「何?」
「ううん。」
笑って。
「夜花らしいなって。」
「俺らしい?」
「うん。」
それ以上は何も言わなかった。
――――
夜。
自分の部屋。
夜花はベッドに横になる。
今日から。
ここで暮らす。
学校には蜜柑。
家には輝女。
以前とは違う生活。
けれど。
なぜか。
悪くないと思えた。
「……。」
目を閉じる。
その奥に。
一瞬だけ。
赤い炎が浮かんだ。
燃える建物。
悲鳴。
そして。
幼い自分の姿。
「……。」
夜花は目を開ける。
「……もう、終わったことだ。」
そう言い聞かせる。
だが。
心の奥底。
そこには。
まだ眠っている。
もう一人の自分がいた。
――夜華。
その存在を。
夜花はまだ。
誰にも話していなかった。




