第二話 「彼氏役」
「……で、具体的に俺は何をすればいいんだ?」
放課後。
美園高校の教室に残っていた夜花は、机に頬杖をつきながら蜜柑を見る。
「何って……彼氏役。」
「だから、その彼氏役って何するんだよ。」
「え?」
「俺、今まで彼氏なんてやったことないんだけど。」
「……私も彼女やったことない。」
「じゃあなんで始めたんだよ。」
「勢い。」
「……。」
夜花は深いため息をついた。
目の前では、蜜柑が自分のノートを開いている。
「とりあえず、今日のところは一緒に帰ってくれればいい。」
「それだけ?」
「うん。」
「なら別にいいけど。」
夜花は鞄を持つ。
「行くか。」
「……うん。」
二人並んで教室を出る。
廊下を歩いていると、すれ違う生徒たちがちらちらとこちらを見てくる。
「……。」
「……。」
しばらく無言。
蜜柑が口を開く。
「ねえ。」
「何?」
「柊くんって、いつもこんな感じ?」
「どんな感じ?」
「静か。」
「普通だろ。」
「もっと喋る人かと思ってた。」
「俺、そんなに喋らない。」
「そっか。」
また沈黙。
少し歩いたところで。
蜜柑が夜花の袖を掴んだ。
「……これくらいはしておいた方がいい?」
「何が?」
「恋人っぽく。」
「別に。」
「でも、誰かに見られたら怪しまれるよ。」
「……。」
夜花は少し考える。
「じゃあ。」
手を差し出す。
「これでいい?」
蜜柑は目を丸くする。
「……手?」
「恋人なんだろ?」
「……。」
蜜柑の顔が少し赤くなる。
「う、うん。」
そっと手を握る。
二人で歩く。
「……。」
「……。」
今度は。
さっきよりも気まずかった。
「柊くん。」
「ん?」
「手、熱いね。」
「そう?」
「うん。」
「お前の手が冷たいんじゃない?」
「……そうかも。」
蜜柑は小さく笑った。
――――
駅前。
「じゃあ、ここで。」
「うん。」
手を離す。
その瞬間。
何故か少し寂しいような感覚がした。
蜜柑自身も、それに気づいていた。
「……。」
「どうした?」
「なんでもない。」
「そう。」
夜花はそのまま歩き出す。
「また明日。」
「うん。また明日。」
夜花の背中を見送りながら。
蜜柑は自分の手を見る。
「……何だろ。」
ただの偽物。
そう思っていたはずなのに。
――――
夜。
夜花は自宅の台所に立っていた。
包丁を使いながら、夕食を作る。
「……。」
料理をする時間は嫌いじゃない。
何も考えなくていいから。
今日のことを思い出す。
蜜柑。
偽装恋人。
学校。
普通の日常。
「……これでいい。」
誰に言うでもなく呟く。
柊から離れた。
剣道も辞めた。
過去も捨てた。
これからは。
普通に生きる。
そのために。
この生活を守る。
――――
その頃。
遠く離れた場所。
一人の少女が。
写真を見ていた。
写真の中には。
まだ幼かった夜花と。
その隣で笑う少女。
氷見咲夜。
咲夜は写真を机の上に置く。
「……。」
何も言わない。
ただ。
写真に写る夜花を見つめる。
そして。
小さく呟いた。
「……どこにいるのよ。」
その声には。
怒りと。
寂しさが混じっていた。
――まだ。
夜花は知らない。
忘れたはずの過去が。
少しずつ。
彼のもとへ近づいていることを。




