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現代の付喪神は、時計の姿で顕現する。外伝1爺ちゃん編  作者: lemonia


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14/18

疾風、来る

 四式戦闘機は、鍾馗よりも低い姿勢で滑走路へ入ってきた。


 脚を下ろし、フラップを開いたまま、ゆっくりと高度を落としてくる。


 機首は長い。


 だが、その後ろに続く胴体も長く、鍾馗のように発動機だけが前へ張り出しているようには見えない。


 大きく広がった主翼が、重そうな機体を空中へ支えていた。


 接地の直前、機首がわずかに上がる。


 主脚が滑走路を捉えた。


 機体はすぐには尾を下ろさない。二点姿勢のまま走り、速度を落としてから尾輪を接地させる。


 排気とプロペラの搔いた空気が、滑走路の砂塵を巻き上げた。


 四翅のプロペラが回転を落としながら、駐機場へ近づいてくる。


 義雄は、その姿を正面から見た。


 鍾馗よりも一回り大きい。


 胴体は太く、主翼も広い。


 機首には大馬力の空冷発動機を収めながら、全体の姿は不思議なほど滑らかにまとまっている。


 翼内には20mm機関砲二門。機首には12.7mm機関銃二挺。


 鍾馗でB29を撃ったとき、義雄が足りないと感じたものが、最初から積まれている。


 疾風は誘導する整備兵に従い、列線の前で向きを変えた。


 発動機が止まる。


 四枚のプロペラが、一枚ずつ見分けられる速さまで落ちた。最後にわずかに逆へ戻り、斜めの位置で止まる。


 搭乗員が風防を開けた。


 しかし、義雄は降りてくる男ではなく、機体を見ていた。


「大きいですね」


 隣で水野が言った。


「鍾馗よりはな」


「重そうです」


「実際に重い」


 刈屋はすでに機体へ歩み寄っていた。


 受領を待ちかねていたのか、手には帳面を持っている。搭乗員へ挨拶を済ませると、すぐに機首の下へ回り込んだ。


 整備兵たちが、次々に覆いを外していく。


 義雄も機体へ近づいた。


 近くで見ると、主翼の広さがいっそう目立つ。


 鍾馗は、太い胴体に肩を怒らせたような短く小さな主翼をつけていた。


 疾風の翼は、それより長く、前後にも広い。翼端へ向かって細くなりながら、機体の重量を受け止めるだけの面積を保っている。


「力づくで飛ばすだけの機体ではないな」


 義雄が言うと、刈屋は発動機覆いの留め具を外しながら答えた。


「そうでなければ、格闘戦まで求めることはできません」


 覆いが外された。


 内部から現れた誉発動機は、機体の外形から想像するより小さく見えた。


 十八個の気筒が、二列に重なっている。


 小さな直径へ大きな力を詰め込んだため、補機や配管が隙間なく並んでいた。


 刈屋は顔を近づけ、配管の一本ずつを目で追った。


「どうだ」


「まだ何とも言えません」


「届いたばかりだぞ」


「届いたばかりだからです」


 刈屋は油のにじんだ箇所へ指を触れた。


「飛べる状態であることと、戦える状態であることは違います」


 別の整備兵が、点火栓を外し始めた。


 刈屋は油管、燃料管、点火線の取り回しを確認し、帳面へ何かを書き込む。


「誉は手が掛かると聞いたが」


「手を掛ければ応える発動機なのでしょう。掛けなければ、そうならないというだけです」


 刈屋は淡々と答えた。


「部品の精度にばらつきがあります。配管も、すべてが同じ具合についているとは限りません。ですが、それだけなら一つずつ確かめれば済みます」


「済まないものもあるか」


「燃料です」


 刈屋は、取り外された点火栓を受け取った。


 先端の焼け方を見てから、義雄へ差し出す。


「指定された出力を出そうとすれば、点火時期を進めなければなりません。ですが、支給される燃料では異常燃焼を起こすおそれがある」


「発動機が力を出せないのではなく、出させられないのか」


「今のところは、そう考えています」


 義雄は、むき出しになった誉を見た。


 高い出力を求めて作られた発動機が、必要な燃料を与えられないまま前線へ送られてくる。


 性能表に記された数字だけを見れば、敵の新鋭機にも劣らない。


 しかし、数字どおりに飛ばすために必要なものまでは、機体と一緒に届かない。


「壊さずに、どこまで出せる」


「それを調べます」


 刈屋は帳面を閉じた。


「まず、この機体の正常を決めます」


「正常?」


「油温、油圧、回転数、各気筒の状態。地上運転と飛行後の変化を記録します。同じ四式戦でも、一機ごとに違いますから」


 刈屋は機体を見上げた。


「片桐大尉の持ち機になるのであれば、大尉が乗ったときの正常を知らなければなりません」


「まだ俺のものと決まったわけではない」


「では、誰が最初に乗りますか」


 義雄は答えなかった。


 水野が横で笑った。


「決まったようですね」


 義雄は水野を見た。


「お前が先でもいいぞ」


「刈屋中尉が許しませんよ」


「許可を出すのは俺だ」


「壊したときに叱るのは刈屋中尉です」


 刈屋は誉から目を離さなかった。


「壊さなければ叱りません」


 水野が一歩下がった。


     *


 受領した疾風の点検と調整には数日を要した。


 燃料管の締め直し。


 点火栓の確認。


 動きの渋かった昇降舵索の調整。


 脚の作動試験。


 フラップの左右同調。


 機銃の装填機構と照準器の確認。


 刈屋は一項目ずつ帳面へ記録させた。


 発動機については、短い地上運転を繰り返した。


 最初から高い回転を与えることはしない。油温が上がるのを待ち、回転を少しずつ変え、そのたびに油圧と発動機音を確かめる。


 整備兵たちは運転を終えるたびに点火栓を外し、焼け方を比べた。


 義雄も何度か操縦席へ座った。


 鍾馗より広い。


 それでも余分な空間があるわけではない。


 左右には操作器と計器が並び、正面の計器盤には速度計、高度計、回転計、吸気圧力計、油温計、油圧計が収まっている。


 操縦桿を左右へ倒す。


 補助翼の動きには、鍾馗よりわずかに重い手応えがあった。


 前後へ動かす。


 昇降舵は滑らかだが、機体が大きいぶん、鍾馗と同じつもりで扱えば動かしすぎるかもしれない。


 フットバーを踏む。


 方向舵から、索を通じて反力が返ってくる。


 義雄は計器盤の上から、長い機首の先を見た。


 地上姿勢では、正面の滑走路はほとんど見えない。


「離陸滑走では気をつけてください」


 主翼の上に立った刈屋が言った。


「四翅になったぶん、スロットルを急に開ければ左へ持っていかれます」


「鍾馗も同じだ」


「同じだからといって、同じ強さとは限りません」


「分かっている」


「でしたら結構です」


 刈屋は操縦席の縁へ手を置いた。


「着陸でも、鍾馗と同じつもりで下ろさないでください」


「重いから速く入れろということか」


「重量だけならそう考えます。ですが、こちらのほうが翼が広い。速度を落としても、思ったより浮くかもしれません」


「接地を急ぐな、と」


「浮いている機体を、操縦桿で地面へ押しつけないでください」


「それをやったら?」


「跳ねます」


「その次は」


「脚を壊します」


 刈屋は間を置いた。


「その次に、私が叱ります」


     *


 試験飛行の日、空には薄い雲が広がっていた。


 風は弱い。


 格納庫前へ引き出された疾風には、燃料と必要な弾薬が積まれている。実戦時に近い重量で飛ばなければ、試験の意味がない。


 義雄は飛行服の袖を整え、左手首のチュチマを確かめた。


 クロノグラフの針は零を指している。


 主翼へ足を掛け、操縦席へ入った。


 座席帯を締める。


 操縦桿とフットバーを動かし、舵面の動きを確認する。


 燃料、混合比、プロペラピッチ。


 各操作器の位置を確かめる。


 風防は開けたままにしておく。


 機首の前では、GB起動車が位置についた。


 整備兵が、起動車から延びる軸をプロペラスピナー先端の噛み合わせへ接続する。


 義雄は周囲を確認した。


 機体の前方から整備兵が離れる。


 始動の合図を送った。


 起動車の回転が軸を通じて伝わり、四翅のプロペラがゆっくりと動き始める。


 一枚。


 二枚。


 速度を増し、四枚が円へ溶けていく。


 義雄は点火開閉器を両方へ入れ、始動押釦を押した。


 一度、発動機が咳き込む。


 排気管から薄い煙が吐き出された。


 もう一度、爆発が続く。


 十八個の気筒が順に目を覚まし、誉が低い唸りを上げた。


 機体全体へ細かな振動が広がる。


 整備兵が合図を送り、起動軸を外した。


 義雄は回転を抑えたまま、油圧計を見る。


 針が上がる。


 油温はまだ低い。


 発動機音に乱れはない。


 義雄は左手首へ目を落とし、チュチマのクロノグラフを作動させた。


 秒針が動き始める。


 暖機を終えると、義雄は車輪止めを外すよう合図した。


 スロットルをわずかに開く。


 疾風が動き出した。


 地上姿勢では前方が見えないため、左右へ緩やかに機首を振りながら進む。


 右へ振ったときに左前方を確認し、左へ振ったときに右前方を見る。


 鍾馗より機首が長い。


 その代わり、脚の間隔は広く、地上での据わりは悪くなかった。


 滑走路端で向きを変える。


 フラップを離陸位置へ下ろす。


 プロペラピッチを確認する。


 混合比を濃くする。


 油温、油圧、回転数。


 異常はない。


 義雄は風防を閉じた。


 前方は問題なく開けている。


 ブレーキを掛けたまま、スロットルを少し開く。


 機体が左へ向こうとする。


 右フットバーを踏み、方向舵で押さえる。


 義雄はブレーキを解放した。


 疾風が滑走を始める。


 スロットルを一気に押し込まず、発動機の回転と機首の動きを確かめながら前へ送る。


 四翅のプロペラが空気を搔き、反トルクが機体を左へ振ろうとする。


 右フットバーを踏み足す。


 速度が増すにつれ、方向舵が効き始める。踏み込む力を少し戻し、機首を滑走路へ沿わせる。


 義雄は操縦桿を軽く前へ倒した。


 尾輪が浮く。


 長い機首が下がり、滑走路の先を見通せるようになった。


 鍾馗より加速が鈍いわけではない。


 重い機体を、誉が力任せに引いている。


 速度計の針が上がる。


 操縦桿に返る力が変わった。


 義雄は、引き起こすというほど強くは引かなかった。ただ、前へ加えていた力を抜く。


 主脚が地面を離れた。


 疾風は、滑走路の上へ浮かび上がった。


 義雄は機首を上げすぎない。


 地面すれすれで速度を乗せる。


 昇降計が上昇を示したところで、脚上げの操作を行う。


 主脚が格納され始める。


 計器盤の脚位置表示灯を確かめる。


 フラップを段階的に戻す。


 抗力が減り、機体が前へ出た。


 義雄はスロットルを維持したまま、上昇姿勢へ移した。


 飛行場が下へ離れていく。


 鍾馗とは違う。


 最初に感じたのは、重さだった。


 操縦桿を倒せば機体は傾く。しかし、鍾馗のように胴体全体がすぐ横へ転がるのではない。


 ひと呼吸遅れて、大きな主翼が空気を掴む。


 動き始めれば、姿勢は安定している。


 義雄は右へ緩く旋回した。


 補助翼で傾きを作り、フットバーを踏んで横滑りを抑える。


 旋回計の球が中央から外れない範囲で、操縦桿を引く。


 主翼が機体を支える。


 鍾馗なら速度を保つために早めに機首を戻すところで、疾風にはまだ余裕があった。


 義雄は旋回を深くする。


 機体は沈み込まない。


 広い主翼が揚力を残したまま、円を小さくしていく。


「重いが、鈍くはないか」


 独り言を口にした。


 疾風は何も答えない。


 発動機と風切り音だけが風防の外で鳴っている。


 義雄は旋回を解き、機体を水平へ戻した。


 スロットルを押し出す。


 速度計の針が右へ動く。


 鍾馗では、速度を得るために機首を下げる場面が多かった。


 疾風は水平のまま速度を増していく。


 機体が大きいぶん、加速の感覚は穏やかだった。


 だが、地上の景色が後方へ流れる速さは、確実に増している。


 義雄は左手でチュチマの押しボタンを操作した。


 上昇試験を始める。


 速度を合わせ、操縦桿を引く。


 疾風の機首が上がった。


 スロットルを調整し、回転数と吸気圧力を確認する。


 油温と油圧に異常はない。


 高度計の針が回る。


 鍾馗より重い。


 それでも誉は、機体を上へ押し上げていく。


 義雄は機首を上げすぎず、定めた速度を保った。


 上昇率を欲張れば、どんな機体でも速度を失う。


 だが、疾風は速度を高度へ換えたあとも、まだ前へ進む力を残している。


 規定高度へ達すると、クロノグラフを止めた。


 時間を確認し、機上の記録用紙へ書き込む。


 もう一度クロノグラフを零へ戻す。


 次は降下と加速を試す。


 義雄は周囲を確認した。


 機首を下げる。


 速度が増し、操縦桿が重くなる。


 大きな機体は、速度が乗るほど空気へ押し固められていく。


 補助翼を使い、左右へ切り返す。


 鍾馗ほど軽々とは転がらない。


 しかし、一度与えた傾きを保つ力が強い。余分な揺れを残さず、狙った角度へ収まる。


 義雄は操縦桿を引いた。


 速度を高度へ戻す。


 疾風は大きな弧を描いて上昇へ移った。


 そのまま反転し、模擬的な攻撃姿勢へ入る。


 義雄は眼下に敵機の姿を思い描いた。


 その現在位置から未来位置を予測し、そこを見下ろせる高さへ上がる。


 機首を下げ、想定した未来位置へ照準器を運ぶ。


 速度を殺さぬよう補助翼で機体を傾け、ラダーで機首を合わせる。


 射撃位置を通過したところで、そのまま離脱に入る。


 操縦桿を引きすぎず、できるだけ速度を保ちながら上昇する。


 身体が座席へ押しつけられた。


 疾風は、速度を失わず再び高所へ戻っていく。


 義雄は、そこで初めて笑った。


「なるほど」


 鍾馗が選んだ思想を、その先まで持っていける。


 速さを保って接近し、強い武装を短時間だけ叩き込み、敵が追いつけないうちに離脱する。


 必要なら旋回戦にも応じられる。


 だが、旋回できることと、旋回し続けることは違う。


 疾風の本当の価値は、格闘戦ができることではない。


 格闘戦を選ばずとも勝てるだけの速さと上昇力を持ちながら、必要なときには曲がれることにある。


 義雄は飛行場へ針路を戻した。


 油温が、少し高い。


 許容範囲には収まっている。


 だが、試験を続けて限界を探る必要はなかった。


 刈屋なら、この上昇の仕方と油温の変化から、次に見る場所を決めるだろう。


 飛行場が近づく。


 義雄は速度を落とし、脚を下ろした。


 脚位置表示を確かめる。


 フラップを開く。


 機首を下げ、着陸進入へ入った。


 鍾馗より速度を落としても、操縦桿にはまだ手応えが残っている。


 主翼が空気を掴んでいる。


 義雄は降下率を見ながら、スロットルを少し戻した。


 滑走路が近づく。


 機首を起こす。


 疾風は沈まなかった。


 地面すれすれで、なおも浮いている。


 義雄は接地を急がない。


 操縦桿を前へ押して、機体を地面へ置こうともしない。


 滑走路の上を進みながら、速度が落ちるのを待つ。


 主脚が地面へ触れた。


 一度、軽く荷重が抜ける。


 義雄は操縦桿を動かさず、機体がふたたび沈むのを待った。


 今度は主脚が確実に接地する。


 そのまま二点姿勢を保ち、速度を落とす。


 尾輪が地面へ下りた。


 方向舵の効きが弱くなるにつれ、左右のブレーキを使って機首を保つ。


 疾風は滑走路の中心を外れることなく、速度を落とした。


     *


 駐機場へ戻ると、刈屋たちが待っていた。


 義雄が発動機を止める。


 プロペラが止まりきる前に、整備兵たちは機体の周囲へ散った。


 油の漏れ。


 排気管の色。


 覆いの隙間から流れた汚れ。


 脚とタイヤ。


 主翼と舵面。


 刈屋は義雄が降りるのを待たず、機首の下へ入った。


「油温が少し上がった」


 操縦席から義雄が言った。


「どの操作のあとですか」


「上昇試験のあとだ。高度を取ってから降下し、もう一度引き起こした」


「回転数は」


 義雄は数値を答えた。


 刈屋が帳面へ書き込む。


「操縦性は」


「鍾馗より重い」


「やはり鈍いですか」


「いや」


 義雄は座席帯を外し、主翼へ降りた。


「動かし始めるまでは重い。だが、動き始めれば素直だ。低速でも思ったより翼が支える」


「着陸では浮きましたか」


「お前の言ったとおりだ」


「押しつけませんでしたね」


「脚を壊して、お前に叱られたくないからな」


「結構です」


 刈屋はようやく顔を上げた。


「発動機は」


「力はある」


 義雄は、機首の覆いへ手を置いた。


 金属板の向こうから、まだ熱が伝わってくる。


「だが、もっと出せるはずだ。スロットルを開けても、どこかで手加減させられている」


「燃料に合わせて点火時期を抑えていますから」


「機体は足りた。今度は、燃料が足りんか」


「少なくとも、発動機のせいだけにはできません」


 整備兵が発動機覆いを外した。


 刈屋は、さっそく内部を調べ始める。


 義雄は主翼から地面へ降りた。


 少し離れたところで、水野が待っていた。


「どうでした」


「いい機体だ」


「それだけですか」


「お前も乗れば分かる」


「今すぐ乗っても?」


 刈屋が誉の奥を覗き込んだまま答えた。


「点検が終わってからです」


 水野は口を閉じた。


 義雄は疾風を振り返った。


 鍾馗より大きな機体が、整備兵たちに囲まれている。


 発動機覆いを開かれ、油で汚れた内部をさらしていても、その姿から速さは失われていない。


 よく飛ぶ。


 よく曲がる。


 よく登る。


 そして、鍾馗では足りなかった火力を持っている。


 だが、この機体を性能表どおりに飛ばすために必要な燃料も、部品も、時間も、すでに不足し始めていた。


 義雄はもう一度、疾風の胴体へ手を置いた。


 時計は何も言わない。


 機体も、まだ何も言わない。


 それでも、外板の下に残った熱と、飛行中に操縦桿へ返ってきた力を、義雄は覚えていた。


「行くぞ」


 返事を待つように、一度言葉を切った。


「二人で帰ってくる」


 左手首では、チュチマが静かに時を刻み続けていた。


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