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WORLD's END  作者: 織川笑緒


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【Episode:K×K】 第七章 意図せぬ罠

Episode:KING Chess × KING Spade




静寂に包まれた廃墟の図書館。崩れた書架の影で、今夜も小さな可燃式ヒーターの灯りが二人を優しく照らしていた。


フレデリックの太腿の上にすっぽりと収まり、差し出された温かいカフェオレと焼き菓子を満足そうに頬張るリズ。その頭を撫でるフレデリックの指先はどこまでも甘く丁寧だったが、その眼鏡の奥に潜む知性は、冷徹な分析を止めてはいなかった。




(……順調すぎるほど順調だ。帝国の最高戦力たる《スペードのキング》は、盲信していた皇帝アヴァルへの報告すら怠るほど、完全に俺の精気と存在に依存し始めている)




フレデリックの手元にある手帳には、リズが対価として語る箱庭の歴史から引き出した帝国の魔導回路の癖、アヴァル皇帝の動向、そして旧時代の歴史的知見が暗号化されてぎっしりと記されている。


そして昨夜、自らの右腕として信頼を置く《クイーンチェス》アイシャからかけられた発破。静かな焦りに突き動かされたフレデリックは、リズを甘やかすのもそこそこに口を開く。




「……リズ、今夜はひとつ、君の身体を調べさせて貰いたい」




フレデリックは手元にある黒銀細工の指揮杖に手をかけ、冷静な声で切り出した。




「調べる……? ワタシの……か、身体!?……え、えっちっす!フレデリックのえっち!!十分過ぎる程ワタシの身体のこと知ってるのに、これ以上何するっすか!?」




膝の上で口元にカフェオレの泡をつけたリズが、鮮やかな赤い瞳をパチクリとさせて、何を想像したのか分かりやす過ぎる反応を返してきた。


思わず姿勢がズルッ…と滑るような心地で、フレデリックは金縁メガネを指先で直すと、咥えた紙煙草の煙をくゆらせながら言った。




「……違う、そういう意味じゃない。我が共和国は魔法を持たぬ科学の国だ。アヴァル皇帝の未だ止まない侵攻の脅威に対抗するためには、未知なる魔術の構造……特に精鋭魔法騎士団《アリストクラット》の最高峰である君の体内に巡る『魔導回路』の波動を、科学の波形として正確に測定・解析しておく必要がある。……表面上とはいえ、二国は停戦中なのだから、友好的和平の情報交換と捉えてくれたらいい」




言葉の表面は、どこまでも冷徹な先導者の打算を含む言葉。

しかしその真意は、リズの魔力の解析とは言え、彼女から振るわれる強大な魔法への対策だけではない。




(これを解析できれば、万が一の事態でもリズを守る防衛策も構築できる……)




そんな彼自身すら認めようとしない隠された庇護欲を、先導者としての冷徹なロジックで必死に塗りつぶし、上質な細工が施された黒銀の指揮杖を調整し始めた。


戦場では武器として重宝したフレデリックの指揮杖。緻密な機械構造が一瞬で組み替わり、高出力粒子を収束させる長身の細身剣、または大口径の電導高出力銃へと変形するそれは、戦場で対峙した際のリズの記憶にもあった。


武器であると同時に、相手の魔力・構造・弱点をコンマ数秒でスキャンし、最小限の力で完璧に打ち破る、精密極まるフレデリックの戦闘スタイルを成り立たせるために欠かせない装備。それを使用してリズの『魔導回路』を細部まで解析するらしい。


そんな彼の様子を膝の上で見つめるリズの瞳が、一瞬だけ悲しげな紫色に曇ったのを、フレデリックは見逃していた。




(……やっぱり、フレデリックはワタシを研究の『検体』としても見てるんっすね。……でも、いいっす。フレデリックのお仕事の役に立てるなら……)



「……分かったっす! ワタシ、じっとしてればいいっすね?」




リズは小さな牙を見せて健気に笑うと、大人しく立ち上がり両腕を広げて見せた。


二百年を生き抜いてきた悪魔の本能と野生の勘。

フレデリックが自分を「敵国の兵器」として利用しようとしていること。先日の苛烈な独占欲を含んだような言葉も、甘やかな心地をくれる時間すらも、彼にとってはハニートラップの一環に過ぎないこと。リズはそれを、最初から全て承知の上で、そして心の底で深く理解していたうえで受け入れていた。


リズにとっての絶対的な存在であり、神と崇めて狂酔する生きる理由そのものだった皇帝アヴァル。消えかけていた命を救われ、生きる意味と居場所をくれた大恩人。

そんな狂信的な想いで仕えたアヴァルから与えられたのは、今思えば「殺戮の道具」としての価値だった。


対価を求められているとしても、利用されているのだとしても――いまのリズにとって、フレデリックの腕は、与えられる精気は、かけられる言葉は、生まれて初めて触れた「甘くて温かい居場所」そのものだったのだ。




(利用されてても、嘘の甘やかしでも、いいっす。……だって、フレデリックのそばにいる時だけ、ワタシは生きている気がするんだもん)






――利用するものと利用されるもの。二人のあまりにも歪な関係が、音を立てて崩れ去る瞬間は、あまりにも唐突に訪れる。







─────────







フレデリックは測定用の簡易フレーム台の上にリズを立たせ、スキャナー兼コントローラーである指揮杖をリズに向け、測定用パルスを起動させた。




「――スキャンを開始する。動くなよ」




向けられた指揮杖の先端から、静かな青い透過光が放射され、リズの華奢な体を包み込む。

その小柄な悪魔の身体の中を巡る、美しくも強大な魔導回路。リズが持つ最大の脅威である《闇火》の術式。精密なデータがフレデリックの手元端末へ次々と転送されていく。




(……素晴らしい。これが悪魔の魔力構造か。……これだけのデータがあれば、精霊の居付かない共和国《アンテレット》でも彼女のエネルギー消費負担を最小限に抑え、拠点とする事も可能に――)




フレデリックが手応えを感じ、口元にかすかな笑みを浮かべた、その時だった。




───ギィィィィィィィン───!!!!




突如として、廃墟の図書館の空間全体が狂ったような高周波の金属音に包まれた。




「……っ!? なんだ!?」



「きゃあぁぁぁぁぁッ! 痛いっ!痛いっす!!」




フレデリックが状況を把握しようとするより早く、リズの苦痛を帯びた悲鳴が響き渡る。


フレデリックの持つ指揮杖のスキャナーが放った微弱な解析パルス――それが半世紀前の大戦時にこの廃墟の地下深くに埋没し、眠っていた旧時代の《対魔族用・高純度聖属性防衛罠》の休眠回路に最悪の形で干渉し、完全起動させてしまったのだ。




───ドババババッ!!




腐朽した床板を突き破り、白銀の光を放つ幾重もの「聖鎖」が跳ね起きた。




「あああぁぁっ!? 痛あぁっ、離して……離してぇっ!!」



「リズ――っ!?」




白銀の聖なる気を纏った鎖が、サキュバスであるリズの肌をダイレクトに焼き苛む。

ジュウウ、と肉が焼ける凄惨な音と黒煙を上げながら、聖鎖はリズの手足を容赦なく締め上げ、跪かせるように拘束していった。


耐えがたい激痛と、全身を押さえつけられる冷たい感覚。

その光景が、パニックに陥ったリズの脳裏で、封印していた過去の地獄の記憶を強烈に呼び覚ます。




――『害獣め! 銀の鎖で縛り上げろ!』


――『汚い悪魔を処分しろ!』


――『お前なんか!お前なんかいなければ!』




「いやぁぁぁっ! 痛い痛い痛い痛い痛いっ!フレデリック! 助け──」




悲鳴を上げながら助けを求め、見上げた先。

そこにいたのは解析端末の指揮杖――戦場ではフレデリックの最強兵器だったその杖をこちらに向けて立ち尽くす、軍服姿の冷徹な男。偽りの愛情で溶かしてくれた男。


リズの瞳から一瞬で光が消える。




(あ……そっか……。ワタシ、『解析』されて……用済みになったんだ……。きょうで、もうおわり……? フレデリックも……ワタシを、要らない子にして捨てるの……?)




「リズ、動くな! 今、罠の制御を――」



「あ、あ……あああぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!」




逃れられない聖鎖の拘束の感触が、パニックに陥ったリズの脳裏で、大戦時に封印したはずの地獄の記憶を――悪夢のように鮮烈に呼び覚ました。


フレデリックが焦燥に駆られて手を伸ばした瞬間、悲痛な咆哮と共にリズの体内から制御を失った魔力が《殺戮の悪魔》と呼ばれる所以の《闇火》が爆発的に吹き荒れた――。







ここまでお読みいただきありがとうございます。


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