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WORLD's END  作者: 織川笑緒


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【Episode:K×K】 第二章 冷徹の甘い毒

Episode:KING Chess × KING Spade


※緩くですが、性行為に及ぶ表現があります。





フレデリックはフッと口元に優しげな笑みを浮かべると、躊躇うことなく手を伸ばし、小柄なリズの肩を優しく抱き起こした。

羽織っていた重厚な軍用外套を脱ぎ、ボロボロの悪魔の身体を優しく包み込む。そして、泥と血で汚れた彼女の華奢な体を、慈しむように軽々と横抱きに持ち上げた。



「……こんなところで野垂れ死にされては困るな、可愛い悪魔さん。……場所を移そうか。」



「……っ、……あったかいっす……」



外套に包まれて触れた男の肌から伝わる、今まで嗅いだこともないほど濃密で甘美な生命の匂い。リズはうっとりと瞳を細め、無意識のうちに彼の軍服の胸元へ小さな顔を擦り寄せた。




(……あは、やっぱりこのお兄さん、ワタシを害獣としてじゃなく『使える道具』として見てる……でも、すっごく甘くて美味しい匂い……こんなの、我慢できるわけない……)




相手が仕掛けようとしている打算的な罠。

それを取り込もうとする悪魔の無駄な足掻き。

互いの思惑が交錯する中、フレデリックは周囲の神獣の気配を極限まで警戒しながら、足早に廃墟の奥――半ば埋もれた旧時代の「図書館」へと足を進めた。


勝手知ったると言った足取りで廃墟を進む様子に警戒を抱くことすらできないほど衰弱したリズだが、いざとなれば無理矢理に逃げる分の精気を吸うつもりでいる。

知ってか知らずか、フレデリックも数度資料探索に訪れて簡易の休憩スペースを設けたプライベートテリトリーへと招き入れる。


埃っぽい古書の匂いと、崩れた天井から射し込む僅かな夕闇の光。外界から遮断されたその密室の床へ腰を下ろしたフレデリックは、その膝の上にリズをそっと降ろした。そして自ら軍服の襟元をゆるやかに押し開き、滑らかな首筋を惜しげもなく晒してみせる。



「……ほら、お望みの《ごはん》だ。好きなだけ貪るといい」



「……っ!…ぁ……ごは、ん…っ…」



限界を迎えていたリズは、歓喜の悲鳴とともにフレデリックの晒された首元へ飛びついた。

八重歯のような小さな牙を彼の首筋へ擦り当て、喉奥を叩く極上の精気を、貪るように吸い上げ始める。

廃墟の図書館に満ちる、崩れた紙と硝子の匂い。その静寂を切り裂くように、リズの吐息が熱く甘く漏れ出していた。




「んぁ……っ、はぁ……っ、なに、これ……っ」




フレデリックの軍服の襟元を掴むリズの指先が、快楽と衝撃で細かく震える。

サキュバスとして生まれておよそ二百年。生きるために数多の精気を啜り、飢えを凌いできたリズにとって、精気吸収とは単なる「作業」であり「食事」に過ぎなかった。


だが、今まで口にしてきた人間の貧弱な精気とは比べものにならない。喉奥を焼き焦がすほど甘く、濃厚で、どこまでも深いフレデリックの生命力――万年空腹に苛まれていたリズの魂が、歓喜に震え上がる。




「んぁっ……ふ、あっ……すご……っ、こんなの……初めてっす……おいし、っ…」




瞳は蕩けるような熱い深紅に染まり、濁っていた赤の色彩は一瞬で妖艶な輝きを取り戻す。肌を撫でる熱気、全身の細胞一つひとつが甘い蜜で満たされていく感覚。リズの頭の中は一瞬で真っ白になり、理性の全てがドロドロに溶かされていった。


一方、抱きしめているフレデリックの理性にも、劇的な亀裂が生じていた。




(……くっ、な、んだ……この狂おしい感覚は……っ!?)




最初は冷徹な計算だった。

飢えた敵国最高戦力を手元で甘やかし、自分の特異体質を利用した精気中毒にして骨抜きにするハニートラップ。


そう高を括っていたはずのフレデリックの脳裏を、リズが身に纏うサキュバス固有の無自覚な「魅了(チャーム)」と、貪欲なほどの甘い体温が侵食していく。

彼女が喉を鳴らして精気を吸い上げるたび、フレデリックの体内からも激しい情熱と支配欲が溢れ出していた。


軍服の上からでもはっきりとわかるリズの華奢で柔らかな身体、しがみついてくる細い指先、耳元で吐き出される熱く甘い吐息。

予想を上回るサキュバスの精気吸収と、それに伴う甘美な反作用に一瞬の驚きを覚えつつも、それすら冷徹なキングチェスの計算内。フレデリックはむしろその微かな誤算を楽しみながら、危ういところで理性を保ち続けていた。




(……愚かな悪魔め。餌に喰らいつき、己から罠に堕ちてくる……)




心の中でそう冷ややかに嘲笑いながらも、フレデリックの手はリズの背中を、細い腰を、より一層強く、力任せに抱きすくめていた。


眼鏡の奥の冷徹な眼光はいつしか怪しい熱を帯び、首に夢中で顔を埋めている彼女の頬を撫でて顎を浮かせると、小さな唇を強引に奪い去る。




「んむッ……!? んぁ……っ、ふ……っ」




重なる唇から、さらに濃密な熱量が流れてくる。

互いに名前すら名乗り合っていないまま、明け透けな行為に身を任せようとしている。キングチェス、スペードのキングという肩書きすら今の二人にはどうでもよかった。


ただ、目の前の男の匂いと熱に溺れるリズと、冷酷な打算の裏で悪魔の甘美な誘惑に自ら足を踏み入れていくフレデリック。




「……逃げられると思うなよ、可愛い悪魔。……食べたいんだろう?俺が。」




フレデリックの低く甘い囁きがキスの合間の吐息に乗ってリズの耳に届く。

その声に潜む冷たい計算と打算を、リズの野生の勘は確かに捉えていた。




(……あはっ、このお兄さん……ワタシをどうしたいんだろ……)




自分を利用しようとする冷たい眼差し。

けれど、そんな狡猾な思惑すら、いま目の前で与えられる圧倒的な「生きている実感」と極上の熱気の前には、あまりにも甘美で愛おしい毒薬でしかなかった。




(……でもいいや……すごく美味しいし、綺麗な人だし……美味しくて、ぽかぽかする……もうすこし、だけ…いいよね……)




リズは自ら唇を強請るように重ね、フレデリックの整った下唇を舌先で割り込みながら、己の全てを委ねるように彼の首へ細い腕を固く絡めた。


その乱れきった姿を、フレデリックは冷徹な分析官の瞳で見下ろしていた。


軍服の首元を緩ませ、首筋に刻まれた小さな噛み痕の痛みにも、淫魔の蠱惑的な口付けにも眉一つ動かさない。彼の頭脳は、恐ろしいほどの冴えを見せて計算を重ねていた。




(なるほど……魔族としての本能が、俺の生体エネルギーに過剰反応している。帝国の最高戦力、悪名高い『スペードのキング』の名を持つ悪魔が、たったこれだけの快楽で形無しだ)




フレデリックは、自身の軍用外套に包まれたリズの細い腰を引き寄せた。

そして、わざとらしく優しく、愛おしさに満ちた手つきで、譫言のように美味しい、美味しいと呟く彼女の目元に張り付いた髪を指先で払ってみせる。




「……気に入ってくれたなら光栄だ。俺の全てはお前のものだ、可愛い悪魔」




低く甘い声。眼鏡の奥から注がれるのは、まるで最愛の恋人を見つめるかのような、深く蕩けるような眼差し。だが、その内実はこちらに依存させ、完全に骨抜きにするための徹底された演技。

このまま精気を与え続けて情を抱かせれば、アヴァルの最高峰の牙は完全に無力化できる。




「……っ……あぁ……っ」




その甘い目つきと強い腕に抱きすくめられ、リズはキュンと胸を締め付けられた。男が自分を利用しようとしている冷たい打算を、野生の勘で確かに感じ取っているはずなのに。

差し出される精気のあまりの美味さと、自分を「愛しいもの」として扱うような温かい仕草に、愛されることを知らない心がドロドロに溶かされていく。




「もっと……もっと欲しいっす……」




リズは自分からフレデリックの太腿に跨がり、軍服のボタンを焦った手つきで外そうとした。布面積の少ない衣服から覗く柔らかな肌が、月光を浴びて白く浮かび上がる。

そのまま彼の唇に吸い付くように重ね、貪るように精気を吸い上げながら、二人の身体は壊れた書架の影、毛布の上へと倒れ込んでいった。


重なり合う体温。

サキュバスの魅惑の術など使うまでもなく、リズ自身が精気の快楽に酔い痴れ、男の胸に縋り付いて腰を揺らす。

首筋、鎖骨、そして重なる唇から、濃厚な生命力が絶え間なく流転していく。




「ふっぁ………きもち、い…?ちゃんと上手に、できてる……?」




交わりの渦中、恍惚の表情のまま、リズがふと零した言葉。

それは誘惑の甘言ではなく、跨る男の反応を確かめる純粋な不安。


淫魔と呼ばれるサキュバスが漏らすにしてはあまりに稚拙な言葉――眉が寄りそうになるのを冷静な思考で抑え、その真意を探ろうと視線を向けたフレデリックの目に映ったのは、拒絶を恐れる幼い少女のような、切実で純粋な「恐怖」だった。




「……っ」




その一瞬、無邪気で無防備な赤の瞳と視線がぶつかり、フレデリックは思わず息を呑んだ。


冷徹な計算で彼女を籠絡しているはずの頭脳に、一瞬、激しいノイズが走る。


帝国の冷酷な殺戮兵器として警戒していた『スペードのキング』――その裏側に垣間見えた、あまりにも脆く傷ついた素顔。

ただ美味いゴハンと居場所を求めて縋りついてくる、無垢な少女のような瞳。


ほんの一瞬、フレデリックの毒気が抜け、抱きしめる手に迷いが生じた。




「……くっ……」




フレデリックはすぐにその揺らぎを理性の奥へと押し込め、フッと嘲るような笑みを口元に浮かべ直した。

だが、その手は先ほどまでの計算された演技よりも、幾分か力強く、優しくリズの背中を抱きすくめていた。




「……お前が望むなら、夜が明けるまでいくらでも満たしてやる」



「んぁ……っ! あは……嬉しい、お兄さん……っ!」




廃墟の古書が散乱する暗闇の中、冷酷なハニートラップの仕掛け人と、それに気づきながら自ら熱狂へと堕ちていく悪魔。


二人の甘く歪んだ熱量は、夜の廃墟の中でどこまでも深く、深く重なり合っていった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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