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WORLD's END  作者: 織川笑緒


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【Episode:K×K】 第一章 飢えた悪魔

Episode:KING Chess × KING Spade



天を仰げば、そこには息をのむほど美しく透き通った空と、夕刻の柔らかな光を散らす陽光が広がっている。


だが、その壮大な空すらも――かつて創造神が創り上げた「箱庭」の天井に過ぎない。


世界創生よりおよそ六千年。

創造神が創り出した唯一の大陸は、いまや二つの大国によって分断されていた。


一つは、精霊の加護を受け、豊かな自然と共存しながらあらゆる生活基盤を魔法に依存する君主国――イデアル帝国。第94代皇帝アヴァルのもと、強大な精霊術と圧倒的な権力主義を誇る大国である。


対するは、物質的発展を遂げ、数々の科学と技術で文明を開く現実主義の国――アンテレット共和国。自然を切り開いたことで精霊から見放され、魔法を完全に失ったものの、電子工学や機械工学、薬学といった多種多様な科学の粋を集め、帝国に拮抗する大国へと急成長を遂げた国だ。


両国は肥沃な資源と領土を巡り、永年にわたり不毛な大戦を続けていた。


しかし、その激化する争いが箱庭世界そのものを傷つけ、ゆっくりと着実に終焉へと向かい始めた時――創造神は二国へと絶対の啓示を下したのだ。



『二国の戦争を直ちに終結させよ。今後、戦争行為の一切を禁ずる。此れに叛けば、箱庭の全ての機能を停止させる』



天、海、地中、そして街中に放たれた無数の眷属神――《神獣》。大は山のように巨大なものから、小は街中を密かに闊歩する小動物ほどのものまで。彼らは人間のあらゆる挙動を監視し、些細な戦争の兆候すら逃さず神へと報告する「終焉の監視者」として世界に配置された。


啓示を受け、二国は表面上の停戦と和平を余儀なくされた。

数年の時が流れ、表面上は国交が始まり、人々は平和な時代が訪れたかのように暮らしている。


……だが、人の憎しみや欲望が、神の脅し一つで消えるはずもなかった。





─────────





「あぁ……お腹すいたっす……」



アンテレット共和国――その郊外、復興から取り残された旧市街の廃墟群。崩れかけた鉄筋コンクリートと散乱する瓦礫のただ中に、小さな影が一つ、仰向けに倒れ込んでいた。


橙色と紫紺が溶け合う夕暮れの綺麗な空が、壊れた天井の隙間から覗いている。空腹のあまり指先ひとつ動かすことすらできず、敵地であるその場所であまりにも無防備に転がった少女は、ただぼんやりとその光景を見つめていた。


膝まで届く真紅の長い髪に、魅惑的な女性らしい身体のラインがはっきりと出た露出度の高い黒の衣装。愛くるしい顔立ちの口元には小さなホクロと八重歯のような小さな牙が見え隠れしている。


イデアル帝国が誇る最高峰の精鋭魔法騎士団「アリストクラット」その頂点に君臨するスペードのキング――皇帝アヴァルの懐刀、帝国の悪魔、暴虐の暗殺者、と呼ばれるその名の通り魔族であり、サキュバスのリズ・ルゥ・リプカである。




「うぅ……力が出ないっす………」




通常時、彼女の瞳は鮮やかな赤色をしている。だが、現在の深刻な飢餓と倦怠感のせいで、その色合いはどこか鈍く濁って元の赤に青みが混ざったような紫の瞳をしていた。


表向きは平和となった世界。

だが、帝国の支配者である皇帝アヴァルは神獣の監視を嘲笑うかのように、水面下でアリストクラットのメンバーを共和国の中枢へと送り込み、密かな侵攻と情報収集を続けていた。リズもまた、その「極秘任務」を帯びてこの国へ潜入していたのだった。


本来であれば、手こずるような任務ではなかった。廃墟となっている敵国の残骸から自国にない技術を読み解き持ち帰る、ただそれだけの筈だったのだが……この惨状の理由はほんの数時間前のこと。


潜入の途上、たまたま出くわしてしまった、暴走状態の最高位魔獣ドラゴン種。野放しにすれば魔獣は多くのマナ《精気》を求めて人里を目指すはず。そうなれば多大な被害が出ることは火を見るよりも明らかだ。ただでさえ魔獣や精霊が珍しい共和国の街を魔獣が襲えば神獣の介入を招きかねないかもしれない。

それより何より、止められる厄災を今見逃せば、大勢の人が居場所を失うかもしれない。正義感などという綺麗な理由ではない。単なるリズの個人的な感情――ただの意地で、彼女は魔獣と対峙していた。


しかも、運の悪いことにその巨躯を蠢かせる古竜は、闇属性と火属性の攻撃をほぼ完全に無力化する極小確率の耐性変異種だった。リズの得意とする《闇火》の魔弾を直撃させても、重厚な竜鱗の上で虚しく火花が散るばかり。相性としては最悪と言ってよかった。




「な、なんでこんな時に限って耐性持ちなんすかぁぁーーっ!?」




退路を断たれた暗い谷間で、リズは悲鳴を上げながら竜の爪撃を紙一重で回避した。凄まじい風圧が幼さの残る頬を掠め、背後の崩れかけたコンクリート壁が爆音とともに粉砕される。


仲間の《スペードのクイーン》ガブリエルを呼ぶ余裕など当然ない。一刻の猶予も許されない緊迫の中、リズは持ち前の野生的な戦術眼を働かせた。属性攻撃が通らないのならば、魔力そのものを超高圧に圧縮し、物理的な衝撃として叩き込むしかない。




「あーもうっ! 燃費悪いから嫌なんすよ、これぇぇっ!」




リズは背から漆黒の翼を広げると、音速を超える急上昇で空へ逃れると見せかけ、竜の死角である頭上直上へと旋回。極限まですきっ腹を鳴らしながら、枯渇寸前の全魔力を一点に集中させた。

手に生成されたのは、炎でも闇でもなく、空間そのものを歪ませるほど高密度に凝縮された漆黒の魔弾。




「アヴァル様の邪魔になる奴は……お片付けっす!!」




放たれた至近距離からの極小魔力爆縮弾が、竜の眉間――唯一鱗の薄い眉心の秘孔を穿った。

ドォォンっ!! と、周囲の空間が圧殺されるような重苦しい衝撃波が弾け、巨竜は悲鳴すら上げる間もなく脳髄を破壊され、ドスンと地響きを立てて絶命した。

圧倒的な討伐劇。一人で自分の何十倍もある大きさの最高位魔獣を討伐・始末したのだ。


……だが、その代償は大きすぎた。




「はぁ……はぁ……ふぅ……っ」




元々空腹だった燃費の悪い体は、土壇場の無茶によって魔力を完全に使い果たした。着地の衝撃に膝を折ったリズの視界が、ぐにゃりと歪む。




「あは……ホントに……もう、カラカラっす……」




指先一つ動かすことすら叶わなくなり、リズはそのまま廃墟の冷たい瓦礫の上へ、力尽きて倒れ込んだのだった。




「アヴァル様のために……頑張らなきゃ……いけないのに……っ」




皇帝アヴァル。

それこそが、リズにとっての絶対的な存在であり、神と崇めて狂酔する生きる理由そのものだった。

悪虐皇帝、魔王、などと世間からは言われている彼だが、リズにとっては消えかけていた命を救われた、生きる意味と居場所をくれた大恩人なのである。


だからこそ、リズはアヴァルの命令ならどんな残酷な惨劇でも笑ってこなしてきた。彼に嫌われること、見捨てられることだけが、今のリズにとってこの世で最も恐ろしい絶望だったからだ。


意識の遠のく中でリズの脳裏には忘れたくても忘れられない、耳を塞ぎたくなる悲鳴と、炎と血の赤い記憶がリフレインする。




「……お願い……アヴァル様……ワタシを……捨てないで……っ」




かすれ切った声で漏れた、縋るような哀切の言葉。

濁る紫に染まる瞳に涙が滲み、綺麗な夕焼けが少しずつ闇の色に侵食されていくのを見たくなくて閉じる瞳。

夕闇が深まる廃墟に、その小さな呟きが寂しく響いた。





「――ほう。噂に聞く帝国の最高戦力様が形無しじゃないか」





静寂を破り、カサリと枯れ葉と瓦礫を踏む足音が響いた。

リズが閉じていた瞼を薄く開けた視界の先に現れたのは、一人の男だった。


整った身綺麗なアンテレット軍の軍服。一目で階級の高さが分かる重厚な高級外套を羽織り、眼鏡の奥に深い知性と冷徹さを宿した男。

アンテレット共和国を先導する最高組織「コントラタック」の頂点――キングチェスにして、この国の最高指導者であり最高戦力、フレデリック・クロエであった。






─────────






帝国の『スペードのキング』がかつて戦地となったまま未復興の地域周辺に潜伏しているという密報を受けた。

帝国の最高戦力を相手にできるのは、自分か≪クイーンチェス≫のアイシャくらいのもの。

「ならば俺が行こう」と自ら単身で乗り込んできたのだが、スペードのキングが潜伏していると予測されるポイントに近づき聞こえてきたのは爆音と魔獣の咆哮。

今は人が住めない荒廃し切ったゴーストタウンと言えど、そう遠くないところに人の住む集落がある。国民へ被害が及ぶ前に処理せねば……当初の目的を留置して魔獣が暴れる方角へ急ぐ彼が辿り着いた先で目撃したのは、絶命の咆哮を上げた最上位種のドラゴンと、その傍らに力なく黒い翼を畳み地に降り立ったと共に膝をつき、そのまま倒れ込む無防備な悪魔の姿だった。




(……なるほど。暴走魔獣を一人で処理し、魔力も生命力も底をついているか)




おそらくは偶々出くわしたトラブル。しかし全ては敵国の領地での事。共和国の平和を担うフレデリックにとっては礼を述べたいくらいの徳行に思えなくはないが……何故よりにもよって帝国の悪魔が。


そんな思考を巡らせ静かに様子を窺っていたフレデリックの耳に届いたのは、先ほどのリズの言葉だった。




『アヴァル様……ワタシを……捨てないで……っ』




フレデリックの頭脳の中で、冷酷なまでに冴え渡った計算が一瞬で弾き出される。当初は、神獣に悟られぬようこの場で迅速に始末するつもりでいた。


だが――前線の殺戮兵器として恐れられる『スペードのキング』の裏側に見えた、主への異常なまでの執着と、拒絶を恐れる情緒の脆さ。




(……これは、使える)




アヴァル皇帝の口先だけの和平、神獣の目を掻い潜った手前勝手な侵攻を挫くため、その最も信頼厚い「懐刀」を奪い取る。

ただ殺すよりも、手元に引き込んで籠絡し、手懐けて帝国の情報を余すことなく引き出せたなら遥かに利用価値が高くなる。


フレデリックは眼鏡の位置を指先でクイと直すと、冷徹な分析官としての真意を覆い隠し、優しく慈愛に満ちた男の笑みを口元に作った。




(生来の生体エネルギーが桁外れな俺の身体なら、このサキュバスの口にも合うはずだ。優しい振りをし、甘やかし、俺の精気なしでは生きられない身体にしてドロドロに溺れさせる。無駄なく情報を吐き出させ、用が済めばその時に始末すればいい)




仕立ての良い外套を脱ぎ、倒れ込むリズへと歩み寄るフレデリック。冷酷な打算と狡猾なハニートラップの決意を秘め、彼はしなやかに膝をついた。


一方、指一本動かせないリズの鼻腔をくすぐったのは、男が纏うあまりにも濃厚で芳醇な生命力の匂いだった。






─────────






薄暗い廃墟の隅、冷たいコンクリートの上に崩れ落ちるように倒れていたリズの視界に、ゆっくりと一つの影が歩み寄ってきた。




(……綺麗な人……この人……だれだろう……)




かすむ視界の中で、リズは思わず息をするのも忘れてその姿に見惚れていた。


目の前に立つ男――フレデリック・クロエは、常人離れした長身と、無駄のない引き締まった見事な体躯をしていた。

彼の肌は、陰り沈む夕焼けや廃墟の陰を帯びた浅黒いココア色――太陽と洗練された科学の中で鍛え上げられた、健康的な色香を放つ美しい色だった。


漆黒の軍服と冬の夜空を想わせる深いブルーアッシュグレーの髪、そして金縁のハーフリムメガネの向こうで冷たく冴えるアイスブルーの瞳が、その精悍な美貌を一層際立たせている。


そして何より、リズのサキュバスとしての本能と野生の勘を激しく揺さぶったのは、その肌から漂ってくる圧倒的な「気配」だった。




(……す、ご……なにこれ、めちゃくちゃ……美味しそうな匂いがするっす……)




空腹で飢え切ったリズの喉が、ごくりと音を立てる。

冷徹な美丈夫の体躯から、まるで極上の香水のように立ち上るのは、濃厚で、甘く、頭がどうにかなりそうなほど芳醇な生命力――マナ《精気》の香りだった。




「……動けるか?」




低い、よく通る落ち着いた声が降ってくる。

フレデリックは手元にあった銀細工のステッキを軽く突くと言葉を続け、足元に転がる小さな悪魔を見下ろした。

そのアンニュイで大人の色香を漂わせる不敵な横顔は、まさしく息を呑むほどの美しさだった。


敵国の最高指導者とも知らず、リズはその端正な顔立ちと、鼻腔をくすぐるあまりにも甘美な精気の匂いにすっかり心を奪われ、ぼんやりと見上げるしかできなかった。


打算と生存本能、そしてサキュバスとしての本能がぐちゃぐちゃに混ざり合う中、リズは濁った赤の瞳を力無く数度瞬かせた。


そして人の良い笑みを浮かべて近付く相手が、今まさに自分を利用しようと甘い罠を仕掛けようとしている気配を、持ち前の野生的な勘でうっすらと察していた――しかし飢え切った体と魂は、その極上の「誘惑」に抗うことなどできなかった。




「……ねぇ、お兄さん」




リズは敢えて馬鹿なふりをして、無邪気で愛くるしい少女のように、しかし死に瀕してかすれた声で甘えるように口を開いた。




「ワタシのこと知ってるんでしょ……知ってて近付いて来たんっすよね?だったら……ワタシに、美味しいゴハン……ちょーだい……?」




冷徹な計算から始まるハニートラップ。

そして、飢えと打算からその誘惑を受け入れる悪魔。


夕暮れの廃墟で交錯したふたりの視線が、やがてこの「箱庭世界」の運命を大きく狂わせていくことなど、まだ誰も知る由もなかった。




初めまして。

ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。


拙い文章力ではありますが、少しずつ書き進めて行きたいと構想しておりますシリーズ長編【WORLD's END】


Episode:KING Chess × KING Spade になります。

このエピソードの構想はラストまで練り上げてありますので、後は細かい修正を入れながら文章に昇華していく作業となります。何分筆が遅いので、お待たせしてしまうことも多々あるかと存じますが、ゆっくりとお付き合い頂けましたら幸いです。


「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや★で応援してもらえると、とても励みになります。


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