第9話 携帯食はホブゴブリン
「検問ですか? 俺、冒険者なんですけど」
「冒険者ギルドに登録もされてないんだろう? 身元も不確かなやつが冒険者を名乗るな……。次の方!」
「いや、じゃあ俺はどうやって入れば――」
「そんなもん俺が知るか、この野郎!? とっとと失せろ! 皆さんの通行の邪魔だ!」
文字通りの、門前払い。
「……こんな平凡な鉄剣が、80シルバーもするんですか? 俺の全財産、今3シルバーなんですけど?」
「はっはっは、若いのに経済観念がまるでなっとらんな? うちは鉄鉱山が近いから、これでも安いほうなんだぞ。よそじゃ『平凡な鉄剣』一本いくらすると思ってる? まったく、若いのがそんな世間知らずで、この先どうやって生きていくつもりだ、ん?」
物乞い扱いのうえに、馬鹿扱い。
憑依したばかりで右も左も分からなかったあの頃を思い出し、ダンテは柄にもなく胸の奥がじんとした。
(本気で気が狂うかと思ったぜ。ステータスに冒険者って書いてあるから、そのままなれるのかと思ったら……説明のしようもなかったしな)
どうにかこうにか、病気で群れから脱落したゴブリン一匹と、命がけの死闘を繰り広げていた時代だ。
そのゴブリンからパンツまで剥ぎ取って、なんとか路銀を工面しようとしていた日々だった。
冒険者ギルドに身分登録を一つするために、どれだけ苦労したか。
刃こぼれのない剣一本買うために、どれだけ転げ回ったか。
(現代知識を活用しようにも、通じる相手がいなきゃ話にならん。せめて知ってるゲームなら……ああ、また頭に血が上りそうになってきた)
無性に悔しく、腹が立ちかけたが、ダンテは静かに心を鎮めることができた。
ガタゴト、ガタゴト、ガタゴト……。
過ぎた日の苦労は、過ぎた日の思い出として仕舞っておけば終わり。
今や、村で一番いい馬車に乗って、領主のいる都市へと向かっているのだから。
もっとも、村落で「一番いい馬車」といっても、荷馬車に毛が生えた程度ではあったが。
「では、ご身分自体は……」
ダンテの顔色をうかがっていたヒゲの指揮官が、そっと口を開いた。
「平民ですよ」
「では、伝承された剣術……もなく、アカデミーに通われたこともないと?」
「ええ」
「ほお……。大したものです」
ヒゲの指揮官は敬語まで使いながら、しきりに頷いた。
代々騎士を輩出する家門なら、家門秘伝の剣術があるもの。
そうでなければ、貴族のアカデミーで修練を積むのが大半だ。
モンスターを相手にあれほどの武力を証明した者が、ただの平民、しかも経験の浅い若者とは。
「領主様はきっとお喜びになりますぞ、勇者ど――んんっ、領主様の御前でこうお呼びするわけには参りませんが――」
「もちろんです。分かっていますよ」
「恐れ入ります。ホブゴブリン十匹とゴブリンどもから、魔石や各種証明の品まで抜かりなく回収された手際のよさも、領主様に必ず~お伝えいたします」
「ははっ、そこまでしなくても。とにかく、ありがとうございます。お疲れでしょうに」
ダンテは軽く笑ってみせた。
むしろ今、ダンテを一番いい気分にさせているのは、目の前のヒゲの指揮官だった。
夜通し戦場の後始末を終えるや否や、文字通り夜が明けた瞬間に馬車まで用意して、自分を送り届けてくれているのだから。
「お疲れだなんて! どのみち村が襲われた件は、私が直接ご報告すべき事案です。勇者殿までお送りできるとは、光栄の極みですよ」
尊敬できる上司の鑑、とでも言おうか。
世の中こういう人ばかりなら仕事もしやすいだろうに、と思ったのも束の間。
ブルルッ、ブルルルッ……。
馬車を引く馬たちが、鼻を鳴らして立ち止まった。
ヒゲの指揮官は、すぐさま車窓から顔を出して尋ねた。
「どうした?」
「き、騎士様たちが……領主様の兵力が来ています! 騎士団長様が先頭に!」
ガチャリ。御者の叫びを聞くや、ヒゲの指揮官は馬車を降りた。
ダンテも、車窓からそっと顔を出してみた。
遠くから、旗を高く掲げて近づいてくる一団。
(見ろよ、あの悠々とした足取り……おいおい)
イスカリオから、聞いていた。
夜通しゴブリンを食い止め、夜が明けると領主の兵力が到着して、完璧に締めくくることができたと。
領主の居城から襲撃された村までは、二時間とかからない。
なのに、襲撃された晩に報告を受けて「翌朝」に来たというのが、どういう意味か。
しかも今も、あんなにのろのろと来るのか?
村を救援しようという者たちが?
(どこのどいつだ、この間抜けは)
もう、かなり近づいた距離。
最も華美に着飾った先頭の男の顔を見ても、ダンテには覚えがなかった。
オルガス伯爵領の騎士団長クラスなら、知らないはずがないのに?
「お目にかかれて光栄です、騎士団長殿」
「……貴公らは?」
「……サソ村にて、領主様の命で常備軍の指揮を預かっております、グシニです」
「ああ、グシニ。そうだったな、あそこにも兵はいたか」
ダンテはすぐに、その理由を悟った。
ヒゲの指揮官、グシニは、屈辱をこらえて頭を下げた。
「はい、ベルデ卿。昨夜、全員が命がけでサソ村を守り抜いたところです」
オルガス伯爵家の、若き騎士団長。
金髪の美男。
ベルデ卿。
(……ベルデ。思い出した。この時点では、まだ生きてるのか)
ダンテが本格的に活躍する頃には、すでに死んでいた人物だから、顔に覚えがないのも当然だった。
もちろん、顔を知らないだけだ。
ベルデという人物については、よく知っている。
オルガス伯爵から受け取るのは、通行証と装備だけではない。
伯爵領にある、とある場所への接近権限も、もらうつもりだった。
のちにモンスターが湧き出し、魔窟と呼ばれることになる地点と、その周辺の探索権限。
まだモンスターが暴れていない今こそ、行きどきの場所。
(……氾濫が始まると、本当に厄介だからな。あのときも、若い騎士団長が報告を無視して初動に失敗して、大惨事だったって話だが……)
こいつのことか。
その後も、押し寄せるモンスターの数を見誤り、籠城ではなく野戦にこだわって死んだ、天下の大間抜け。
かろうじて生き延びたオルガス伯爵が、ベルデ家の全員を処刑してやると怒り狂っていた姿を、ダンテは見たことがある。
「貴公が生きているところを見ると、やはり虚偽の報告だったようだな。ゴブリンが数百匹? ありえんだろう。で、実際は何匹だった? 十か? 二十か?」
若き騎士、貴族、ベルデは、馬から降りもせずに言った。
薄ら笑いまで浮かべるその姿に、グシニはぐっと歯を食いしばった。
「最初の襲撃はゴブリン二百前後と推定されますが、最終的にはホブゴブリン十匹と、ゴブリン百三十余りでした」
「ホ、ホブゴブリンが十? ぷはははっ! それだけいたら、村はもう灰の山だろうが。貴公らだけで防げるはずもない。冗談も大概にしろ。領主様に余計なご心配をおかけしおって」
「……はい。我々だけでしたら、全滅していたでしょう。サソ村の住民も、全員」
グシニは、一語一語を押し殺すように言った。
その棘のある口調を、ベルデが聞き逃すはずがなかった。
「……貴公、何か不満でもあるのか? そんな出鱈目な報告に、私が大慌てで駆けつけでもすれば――」
「後ろに、証拠がございます、ベルデ卿」
「証拠もクソもあるか! 貴公らだけで処理できる問題ではないと――いや、そうか、では誰かが処理してくれたとでも言うのか? サソ村のようなド田舎に、一体誰がいたのかと聞いているのだ!」
ベルデが声を張り上げた、その瞬間。
ガチャリ、と馬車の扉が開いた。
ベルデと、彼の率いる騎士団と兵士たち、そしてグシニまで。
全員の視線が集中する、人物。
「俺ですが。サソ村みたいなド田舎でホブゴブリンを処理した、誰かさんです」
ダンテは、干し肉をもぐもぐやりながら、馬車を降りた。
***
ダンテは、ベルデの眼球が瞬時に動くのを見逃さなかった。
(おいおい、全身スキャンかよ)
身分、所属、階級、地位、役職を、身なりだけで全部値踏みしてしまうのも、能力といえば能力だろう。
「貴様は、何だ?」
「冒険者です。たまたまサソ村に立ち寄ったら、ずいぶんな大事が起きていたもので……。人として当然のことをしたまでですよ」
「冒険者プレートを見せてもらおうか」
「冒険者ギルドに未登録なので、プレートはありません」
ベルデは眉をひそめた。
そして、ぷっ、と大げさな動作で唾まで飛ばして笑った。
「サソ村め、貢物もろくに納められんと思ったら……妙な自作自演を始めたか。そうであろう、副団長?」
「……」
中年の騎士団副団長は、何も答えなかった。
ベルデはそれも気に食わないというように、舌打ちした。
「ちっ。副団長はまた、私と考えが違うようだな」
「グシニのような古参兵が、明白な証拠を持参したと申しているのです。虚偽とは考えられません、団長」
「はいはい、いつも私だけが悪者扱い……おい貴様、何をしている?」
ベルデを除く騎士たちは、まだまともな神経をしているということ。
ダンテはそれを確認するや、すでにストレッチの真っ最中だった。
ぐーっ、ぐーっ、と手足を伸ばしながら。
「確かめてみないと、でしょう? 嘘か、本当か」
多くを語る必要はなかった。
実際はどうだった、こうだった……。
そんな言葉が通じる人間ではないことを、ダンテはよく知っている。
「はっ。忙しい身をつかまえて――」
「本当にお忙しく動くおつもりだったなら、昨夜のうちにいらしてたでしょうよ。何してるんですか、早く降りて。ああ、馬に乗ったままのほうがよければ、そのままでもいいですけど」
なら、見せてやればいい。
普通の貴族、普通の騎士が相手なら、ダンテもこんな真似はしない。
「貴様、私と戯れているのか?」
「戯れ、その二」
だが、ベルデなら構わない。
1周目の流れにおいて、爪の先ほども役に立たなかった人物。
むしろ、邪魔にしかならなかった人物なのだから。
「……何? 何を――。副団長!」
「はい、団長」
「貴公も見たであろう?! あの物乞いが騎士を侮辱する姿を。貴族を侮辱する姿をだ。これは私の名誉を取り戻すための決闘である。正々堂々たる、決闘だ!」
「……」
副団長は、答えなかった。
ベルデはすでに下馬し、剣を抜き放っていた。
【クフフフ、面白くなってきたじゃないか?】
「騒ぐな、引っ込んでろ。しっかりつかまってろよ」
【この見世物を見逃す手はあるまい】
ベルゼブブ。
ブブは、ダンテの襟元からちょこんと頭を出して、外を見物していた。
ベルデはレイピアを抜き、自らの胸の前に立てた。
型の決まった、構え。
少なくとも、彼がオルガス伯爵領の最年少騎士団長を務められる理由が分かる気迫。
「どうした。貴族を愚弄し、貴族との決闘と相成ったからには、剣を抜かねば――」
「剣は要らないんで、さっさとやりましょう。時間がないんですよ」
「――……け、決闘を、素手でやるだと?」
「いえ。騎士様は剣をお使いください。俺が素手でやる、という話です」
そしてダンテは、二言でその気迫を叩き折った。
ベルデは、文字通りわなわなと震えていた。
「貴様、真に私を愚弄するか?」
ベルデは問うた。
その真剣な問いを聞きながら。
ダンテは、笑った。
「愚弄、その二」
─────────────!
ベルデは、もう何も言わなかった。
その体が、矢のように飛び出した。
体と一体になって、空間を突き穿つレイピア。
その鋭い剣先は、ダンテのみぞおちを正確に貫いた。
少なくとも、グシニの目には。騎士団の副団長の目には。
そして、ベルデ本人の目にも。
ダンテは、死んだも同然だった。
(ひねって、躱す!)
ただ一人、ダンテだけが、自分が死なないことを知っていた。
全員の目が、まん丸に見開かれた。
「いやはや、速い速い! 騎士団長が務まるわけですね?」
ダンテは、ベルデの剣からきっかり5cm横へずれた位置で言った。
干し肉を、もぐもぐやりながら。
正確には――昨夜のうちにグシニが集めておいたホブゴブリンの死体、そこから削ぎ落とし、燻製に仕上げた〈ホブゴブリンの干し肉〉を、もぐもぐやりながら。
【味わった生を消化します】
【対象生命体:ホブゴブリン】
【肉体:夜行性視覚】
【肉体:ホブゴブリンの筋肉】
【持続時間10分】
(一度食ったものをまた食っても、【暴食の刻印】は上がらないか。まあ、それでもありがたい)
ニヤリ、と、ダンテの口角が上がった。
少なくとも今後、ホブゴブリンの力を使ううえで、引っかかる点はないだろう。
勇者の携帯食(ホブゴブリン産)、デビュー回でした。
次回、口の悪い相棒のせいで、勇者がうっかり騎士団長をたらします。




