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2周目は七つの大罪とともに ~仲間に売られて魔王に喰われた勇者、ハムスターになった暴食の魔王を連れて今度こそ全部滅ぼします~  作者: 貝ひも


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第5話 生を喰らう

ダンテが今すぐ暴れる必要は、なかった。

ホブゴブリンが、十。

その他、最低でも七十のゴブリンは、整然と隊列を組んでいた。

(まったく、悪知恵だけは天下一品だな)

やみくもに飛びかかって、人間を一人殺す?

それは「効率」が悪い。

それでは人間どもが怯えない。

人間どもが悪あがきをすれば、自分たちも被害を受けるかもしれない。

一番いいのは、戦うことではなく、人間どもが自分から諦めるように仕向けること。

そのための恐怖を、どう植え付けるか。

人間どもがその背中を見つめている、あのか弱い人間一匹を、どう噛み砕いてやれば最も効果的か。

ノシ……ノシ……ノシ……。

そんな思考の果てに、ホブゴブリンがきっかり一匹だけ、歩み出てくること。

少なくとも今のダンテには、やつらの思考回路がありがたい限りだった。

「イケニエ、フーッ、クウ」

「はいはい」

「コロすマエに、フーッ、クウ」

「分かったってば」

「フーッ、イきたまま、フーッ、カミくだく!」

ウドドッ、ゴドドドッ――!

ホブゴブリンは、一瞬で肉薄した。

後ろへ大きく振りかぶった、分厚いファルシオン。

全力で振り抜けば、ダンテの胸を境に上下二つへ分かたれるだけの威力を持つ剣!

「カアアアアアアアッ――!」

完全に暮れた夜には、決して見えないほどの速い動きだった。

──────────────!

「ああっ!?」

「くっ、そんな――」

見ていた者たちすら顔をしかめ、目を背けるのが当然だった。

あの剣が斬り裂いた闇の中には、胴切りにされた若い冒険者がいるはずで……。

「ニンゲン、フーッ、イナイ?!」

「な、何だ? どうなった?」

「若い冒険者が生きてる? 避けたのか?」

ろくに見えもしないはずなのに?

かがり火もまともに届かない距離で、ホブゴブリンの奇襲をどうやって「見て」躱せる?

「お前ら、ずいぶんぬるい人生を送ってきたんだな?」

ダンテは言った。

ホブゴブリンは、ハッと横を見て驚いた。

「カ、カアッ? ヨコに? ドウシテ?」

人間が、自分の横にいる?

どうやって避けた?

『横にいる人間』に、なぜ気づけなかった?

ホブゴブリンは狼狽した。

いや、狼狽する暇もなかった。

「『胴して』? 悪いが、突くのは胴じゃなくて顎だ」

ダンテはホブゴブリンの顎の下に短剣を突き入れながら、言った。

ジュバアアッ─────────……。

短剣を引き抜いた穴から、ありとあらゆる種類の液体がぶちまけられた。

ホブゴブリンの巨体もまた、地面へと崩れ落ちた。

ドサリ……小さな音がした。

種族を問わず全員が言葉を失い、その息遣いすらまともに聞こえない状況で。

人間離れした、縦に裂けた瞳孔のダンテが、目を数回しばたたかせた。


【暴食の刻印が不足しています】

【暴食の刻印を完全に扱うことはできません】

【消化可能な能力】

【物理・肉体限定】


【肉体:夜行性視覚(ゴブリン)

【肉体:ゴブリンの体臭】

【持続時間5分】


(イカれてるな。暗視ゴーグルそのものじゃないか。いや、暗視ゴーグルは強い光を見たら目が潰れるが、それすらない)

ホブゴブリンの奇襲を躱せた理由であり。

そのすぐ横へ回避したにもかかわらず、ホブゴブリンが即座にダンテを認識できなかった理由は、単純だった。

【生き残るために喰らい、喰らうがゆえに生きられる。それが私の権能だ、人間】

ベルゼブブが言った。

ゴブリンの血、たった一滴。

口に飛び込んだあの一滴の血によって、短時間ながら使えるようになった【暴食】の権能のおかげだったのだから。

「……いや、食ったのは俺なのに、何でお前が得意げなんだよ――。いや、いい。時間がない……!」

持続時間は、たったの5分。

だが、ダンテにとっては決して短くない時間だった。

「考えるのは後だ!」

ダンテはホブゴブリンに向かって駆けた。

その突進に慌てたのか、ホブゴブリンたちは口々に喚き散らした。

「フーッ、コウゲキ! ヘンな、フーッ、ニンゲン!」

「ニンゲンを、フーッ、コロセ!」

一見、ありえない状況だった。

ホブゴブリン九匹とゴブリン七十余りを相手に、よれよれの身なりの人間が単身で飛び込む、という図は。

だが、ダンテの計画は明確だった。

(5分でホブゴブリンを四匹。それさえ殺せば、勝手に退いていく)

ホブゴブリンは「賢い」。

逆に言えば、自分たちにも大きな被害が予想される瞬間――つまり、奇襲のための損益分岐点を超えられないと判断すれば、やつらは攻撃より撤退を選ぶ。

その分岐点がホブゴブリンの半数だと踏んだからこそ、ダンテは飛び込めたわけだ。

何より、もう闇が邪魔にならない。

それだけでも、ダンテが処理できる情報量は数倍以上に膨れ上がったのだから。

「キイイイッ、キイッ!」

「キッキッ! キイイイッ!」

「コロセ、フーッ、コロセ!」

「誰が誰を殺すって!」

レベルがたった2だった頃でさえ、経験と技術だけでゴブリンの群れを圧倒したダンテが、暴れ始めた。


***


「キイッ? カッ――」

「カアアアア……」

そもそも、ゴブリンごときが敵うはずもなかった。

いや、ゴブリンだけではない。

「フーッ、ドケ! フーッ、ジャマだ!」

カアアンッ――! 初めから、ホブゴブリンだけを狙っていたダンテだった。

ゴブリンを突き、斬り伏せ。

ゴブリンの死体を押しのけながら、その陰に隠れ。

視界は真昼のように明るいうえ、ゴブリンの体臭のおかげで自然とやつらに紛れ込めるとなれば……。

「ジャマ! フーッ、ドケ――ぐふっ」

結局、ホブゴブリンがまた一匹、心臓に刃を突き立てられて後ずさることになるのだ。

ゴブリン、十数匹。

そしてホブゴブリン、二匹。


【レベルが上がりました】

【レベルが上がりました】


わずか三分余りで、ダンテが打ち立てた記録だった。

あと二匹ほどホブゴブリンを殺せば、賢いホブゴブリンたちは間違いなく撤退を決めるだろう。

ダンテの予測は、正確だった。

「イマから、フーッ、『ドウゾクはイナイ』と、フーッ、オモえ!」

惜しむらくは、「賢い」ホブゴブリンが選び得る、もう一つの方法までは考慮できていなかったことだ。

夜を見通す視界よりもダンテの助けになっていたのは、自然とゴブリンに紛れ込める、認知の混乱。

人間か? 同族か?

ホブゴブリンとゴブリンたちが戸惑う、そのコンマ数秒の間に、ダンテはすでに仕事を終えて離脱しているのだから。

「コロセ。フーッ、ダレでもいい!」

つまり、体臭による混乱こそが最大の脅威だと、ホブゴブリンは悟った。

したがって、やつらは合理的な決断を下したわけだ。

「タメラうな! フーッ、ムジョウケンだ!」

ホブゴブリンの振るったファルシオンが、ゴブリン二匹の腕と足をごっそり斬り飛ばした。

もう敵味方の区別などするな。ダンテかもしれないと思ったら、そのまま攻撃しろ、と。

「うわぁ……。それは俺が、ちょっと困るんだが」

もう、敵を混乱させることはできない。

ホブゴブリンは、まだ七匹も残っている。

あんなやり方をされたら、残り二分で二匹を殺すのは不可能だろう。

いや、不可能だと考えて済む話ではない。

もはや、ダンテ自身の命を心配する段階に来たのだから!

「オえ、フーッ、コロセ!」

「シにたくなければ、フーッ、コロセ!」

ホブゴブリンは、ゴブリンの明白な上位種だ。

その命令が下れば、文字通り、下位種は上位種に思考停止で従う。

「キャアアアアッ――!」

「キイッ、キアアアッ!」

「カアッ、カアッ、カカッ!」

ゴブリンたちは、もう互いの顔色をうかがわなかった。

隣の同族に当たろうが、自分の足首が斬り飛ばされようが、棍棒で後頭部がかち割られようが。

ダンテらしきものと思った瞬間、何であろうと振り回し、噛みつき、引っ掻きにかかる!

(まずい。こうなると――)

もう、相手にできない。

まだ村の兵力を投入しても、こいつらを追い払える状況じゃないのに。

戦力差をもう少しだけ削れていれば、村の兵力と合わせて完璧に防ぎきれたはずなのに……。

【フフフ、人間。忘れているぞ】

その瞬間、ダンテの懐から黄金色の生き物が頭を出した。

「今度は何だよ!?」

【言ったはずだ。やつらの生を、喰らえと】

「だからもう持続時間が切れかけてるのに、ここで何をどうしろって――。……あ?」

ゴブリンの夜間視界がなければ、見えもしなかったであろう小さな小さな指。

ゴールデンハムスターに似たベルゼブブの指は、指し示していた。

少し離れた地面に転がる死体一つ――正確には、最初に殺したホブゴブリンの死体を。

「まさか。冗談だろ」

生きたいか。

なら、喰らえ。

「オえ、フーッ!」

「フーッ、コロセ!」

飛びかかってくるゴブリンの勢いは、ますます荒々しくなり。

ホブゴブリンすら目を血走らせて駆けてくる、そのさなかに。

ダンテに残された選択肢は、一つだけだった。

「ええい、クソッ、せめて焼くくらいはさせてくれよ――!」

ほとんど身を投げるようにホブゴブリンの死体へと跳び込みながら、目をぎゅっとつぶる。

そして?

「――うおおおっ!」

ホブゴブリンの皮は、分厚い。

人間の顎の力で噛みちぎって、どうにかできる代物ではない。

となれば結局、弱い部位――すなわち、ダンテ自身が破壊した部位。

穴の開いた顎に口をつけ、ホブゴブリンの皮を、肉を、筋を、血を……。

ジュルルッ、ジュルッ……。

ゴクリ、ゴクリ……。

喰らうのである。


***


「フーッ、ニンゲン、フーッ」

「ナニを、フーッ、シている」

「キッ、キイ?」

「キイイ……キイッ」

「い、いま何やってんだ、ありゃあ?」

「ち、血を塗ってる――んでしょうか? いえ、それとも食べ――」

「まさか。食ってるわけがないだろう」

ダンテの行動は、種族を問わず、すべての者を驚愕させた。

とりわけパニックに陥ったのは、むしろ後ろにいた人間たちだった。

ゴブリンの群れが勢いを失った今、突撃していれば一時的にでも圧倒できたかもしれない。

だが、そんな考えを巡らせる余裕すらなかった。

何を、しているんだ?

なぜ、ホブゴブリンの死体に顔を埋めている?

当惑のあまり軽口すら出てこない中、いち早く正気を取り戻したのは、やはりモンスターだった。

人間が同族の死体に何をしていようが、知ったことか。

「コロス! フーッ、ニンゲン!」

ホブゴブリンの一匹が、飛びかかった。

瞬く間に詰まる距離。

周囲には遮蔽物も、生き物もいない。

たとえ躱したとしても、今度こそホブゴブリンは反応し、確実に斬り伏せるだろう!

──────────ピタリ。

その剣の刃を、ダンテは二本の指で受け止めた。

胸に届く寸前――ホブゴブリンが渾身の力で振り抜いた。

まさに、その剣を。

【生への渇望、その強烈な執着こそが、暴食へとつながるのだから……】

いつの間にかダンテの肩によじ登った黄金色のハムスターが、呟いた。

ベルゼブブの言葉を聞き流しながら、ダンテは反対の手で口元の血をぐいと拭った。

「ふう……。小難しい理屈は知らん」


【味わった生を消化します】

【対象生命体:ホブゴブリン】


「クソまずい肉だったんだ。せめて肉代くらいは、働いてもらうぞ」


【肉体:夜行性視覚(ホブゴブリン)

【肉体:ホブゴブリンの筋肉】

【持続時間10分】


ダンテの現在レベルは、4だ。

レベルが1つ上がるごとに与えられるステータスポイントは、5。

つまり、15ポイントを適切に振り分けたものがダンテの能力値になるはずなのだが……。


【ダンテ】

─レベル:4

─職業:冒険者(F)

─能力

 力:12(+30) 敏捷:10(+25)

 体力:11(+30) 魔力:3(+5)

 知識:4(+20) 正確:5(+20)

 意志:10(+20) 運:5(+10)

─特記事項:暴食の権能(ホブゴブリン)


ダンテの【ステータス】には、レベル4ではありえない数値が、ずらりと並んでいた。

「よこせ」

ヒュンッ、ダンテはそのままファルシオンを奪い取った。

「フーッ、ムッ?」

ダンテの体格からすればバランスの合わない大剣だが、少なくとも今だけは、関係なかった。

ブオオオオ─────ンッ!

風の唸りが、大きく響いた。

ホブゴブリンが、止まった。

いや、動いてはいた。その上半身だけは。

ダンテが斬り払った断面に沿って、ホブゴブリンの上半身が、ずるり、と滑り落ちていった。

また別の意味で――見ていたすべての種族が、言葉を失った。

ついに勇者が、魔王の権能を本格稼働させました。

味の感想は「二度と食いたくない」だそうです。それでも喰らうのが暴食です。

次回、村人たちの勘違いが臨界点を突破します。

……なお、ブックマークや評価で応援していただけたら、作者が我慢できずに本日中に第6話を投稿してしまうかもしれません。

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